小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

The El Andile Vision 第2章

INDEX|3ページ/13ページ|

次のページ前のページ
 

 そんなレトウの思惑をよそに、イサスは荷馬車の周囲で立ち尽くしている盗賊たちを睨み据えた。
「おまえら、何をぼうっとしている!死にたくないのなら、早く逃げろ!」
 イサスが怒鳴りつけると、彼らはようやく我に返って動き始めた。蜘蛛の子を散らすように両脇の木立の間へ次々に逃げ込んでいく。
 その後を追おうとする兵士たちを阻むべく、イサスの剣が更に宙を舞い、あっという間に数人の兵士がその刃の前に倒れた。
 レトウもそれを援護するかのように、後に続いた。しかし、力の上では騎兵たちと互角かと見粉うような体躯のレトウはともかくとして、やはり小柄なイサスの動きには目を瞠るものがあった。
 正規の訓練を受けた兵士の剣を赤子の手をひねるかのようにいともたやすくはね返し、正確無比な動きで確実に急所を突いてくる。
 そこには、ただ単に剣を振りかざしているだけではなく、確実に計算された動きと、習熟した高度な技法が感じられた。到底ただの盗賊の荒技とも思えない。
 さすがに、兵士たちの間に動揺が走った。
 たった二人に、彼らの大半がその場に足止めされてしまったのだ。異常としかいいようがなかった。
 しかし、そのとき――
 蹄の音が急に近くなった。立ち込める闇の向こうから疾駆してくる数騎の姿がくっきりと浮かび上がった。
「やべえ、きやがったぜ……!」
 レトウがイサスを見て、叫んだ。
 イサスはちっと舌打ちをしたが、周りを囲む兵士たちの壁を突き破ることはすぐにはできそうもない。
 応援の部隊が到着したことに勇気づけられたのか、兵士たちの動きに若干の余裕が生まれた。
 慎重に、ゆっくりと相手との距離を詰めていく。残った十人程度の兵士たちで彼らの周りを完全に取り囲む形となった。
 イサスたちにとっては部の悪い状況となった。完全に進退を阻まれた。敵の注意は一点に集中している。
 目の前の敵全員を確実に倒す以外、進路は開けない。
 そのうちに、騎団が到着した。
「きさまら、これはどういうことだ。『狼』どもを一匹残さず討ちとれといったはずだぞ!」
 先頭に立った騎手が到着するなり、怒号を浴びせた。
 ひときわ大きな体躯が威嚇するかのように馬上で揺れる。
「隊長!」
 兵士たちが姿勢を直し、さっと間をあけた。
 馬から下りた大男が、颯爽と兵士たちの間を抜けてイサスの前にその姿を現した。
「第三騎兵隊長、モルディ・ルハトか――」
 イサスは男と向かい合うと、蔑むような目を向けた。
(モルディ・ルハト、だと……!こりゃあまた、大変な奴が出てきやがったぜ……)
 アルゴン騎兵団の中で最も悪評高い第三騎兵隊隊長の威圧感漲る巨体を前にして、レトウは、やや身を強張らせた。
 が、次いでその巨体の影から現れたもう一人の姿を見ると、彼の目は怒りに燃え上がった。
「……ティラン、てめえ――」
 ティラン・パウロは悪びれもせず、モルディの一歩後ろから黙って彼らを凝視していた。
 青白い顔には、僅かに勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。しかしその視線がイサスの氷のような瞳にぶつかった瞬間、忽ち彼の顔から笑みは消え、険しいながらもどことなく冷静を欠いたような落ち着きのない表情へと変わった。
 一方、モルディ・ルハトは残忍そうな目を細めると、そんなイサスを品定めするようにじろりと一瞥した。
「……おまえとは、初めてではないな。イサス・ライヴァー。確か、以前リース・クレインの兵営で見た覚えがある。おまえのような子供が『狼』どもの頭目だったとはな。ザーレン・ルードも余程酔狂なお方よと笑いたいところだが、この有様を見れば、そう暢気なことも言ってられんか」
 そう言うとモルディはおもむろに周囲を見渡すと、軽く鼻を鳴らした。彼の目は再び目の前の少年に戻った。
「おまえのことはこのティランから聞いている。さすが、盗賊団を束ねるだけのことはあるな。おまえのその目を見ればわかる。リース・クレインに仕込まれただけあって腕も確かなようだが――俺の部下を何人殺した?」
 モルディは周囲に倒れている騎兵の死体に冷淡な視線を投げた。
 部下の死を悼むというよりも、むしろ無能な部下を侮蔑するような冷やかな目つきだった。
 ついで、彼は周りで立ち尽くしている兵士たちをもじろりと睨めつけた。
「まったくどいつもこいつも役にも立たん奴ばかり揃いおって。――一人として、小僧にまことの剣の使い方を教えてやれる者がおらんとはな」
 モルディはゆっくりと腰の大刀を引き抜いた。
 普通よりもかなり大振りな大刀も、モルディ・ルハトが握るとやけに小さく、軽いものに見えた。
「では、この俺が教えてやるしかないか――」
 そう言った瞬間、モルディの剣がやにわに空を切った。
 意表を突いた突然の素早い動き。
 刃先は真っ直ぐイサスに向かっている。
「イサ――!」
 同時に、イサスの前にレトウが飛び込んだ。刀身が凄まじい勢いでぶつかる音がした。
 ちっと、モルディは舌打ちをした。
 間一髪で、レトウの剣がイサスに打ちかかろうとしたモルディの凶刃を防いだのだ。
 しかし、その途轍もなく重い剣圧に、さすがのレトウもたまらず均衡を崩した。そこへすかさずモルディの二刀、三刀が襲いかかる。
「レトウ!無理するな」
 イサスが警告を発した丁度そのとき、モルディの刃がレトウの右肩をざくりと裂いた。レトウは短い呻きを漏らし、地面に転がった。
「――レトウ!」
 イサスは叫ぶと、足元の騎兵の死体の傍に落ちていた長剣を掴み、今度は逆にレトウとモルディの間に素早く身を躍らせた。
 例の如く、黒い双眸が激しい興奮でぎらぎらと燃え立っていた。
 モルディの重い剣をすかさず受け止める。両者の顔が間近に接近した。
 モルディの表情が僅かに緩んだ。
「ほう、さすがは……その華奢な体で、よく俺の剣を受けられたな」
 彼はにやりと笑った。獲物を捉えた肉食獣を思わせる、酷薄な笑みだった。
 モルディはイサスの燃える瞳を直視した。
「いい眼をしている。……イサス。俺はおまえを気に入った。どうだ、いっそ俺の配下に入るというのは。かわいがってやるぞ。おまえが想像もつかんくらいの、良い暮らしをさせてやる。無論、『黒い狼』も存続させてな」
 しかし、イサスはそれには何も答えなかった。ただ、彼の眼には憤りの色が漲っていた。
 剣が離れ、再び交叉した。凄まじい剣撃がイサスを襲う。
 その剣の下を、イサスは敏捷な動きでかいくぐっていた。
(こざかしい……!)
 モルディの顔には次第に苛立ちの色が表れ始めていた。
 周囲はそんな二人の戦いを憑かれたように呆然と見守っていた。
(イサ……おまえ、何を考えている――?)
 レトウが気付いたときには、イサスは既にモルディを十分に挑発し、しかも二人は騎兵たちの輪の中からいつのまにか抜け出していた。
 モルディの一振りをよけそこない、もんどりうって地面を転がっていくイサスを、モルディは満足げに眺めたがその微笑は一転してその口元で凍りついた。
 倒れるかに見えたイサスが素早く起き上がり、不敵な笑みを見せたのだ。
 あっと思った次の瞬間には少年の体はそのまま木立ちの中へ消え失せていた。
「逃がすか――!」