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ドビュッシーの恋人 no.2

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カフェ・エスメラルダ



ミランがクリスティーヌに恋をしたのは、二年と半年前のことだ。
彼女は、ミランがウエイターとして働くカフェ『エスメラルダ』に毎朝やってくる常連だった。

ノートルダム大聖堂の裏通りに面するそのカフェは、朝の八時からオープンする。
ミランの一日は、カフェのオープン支度から始まるのが決まりだった。まだ辺りが薄暗い時間に家を出て、朝一番に店に立ち、焙煎された珈琲をお客のテーブルに運ぶのが仕事だ。ランチタイムのピークが過ぎるまでが彼の勤務時間で、そのあと夜にかけては画家の師匠のもとでアシスタントの仕事をしていた。
そんな単調な生活が繰り返される中で、ミランがクリスティーヌのことを気にし始めたのは、彼女が『エスメラルダ』に来るようになってすぐのことだった。
クリスティーヌは、まだ店内のお客がまばらな早い時間帯にやって来る。
恐らくミランと同い年か、それより年下に見える彼女は、いつも綺麗なショコラブラウンの巻き髪を一つに束ねている。朝の静かなテラスで、目の前のサンルイ橋を眺めながら本を読むのが日課らしかった。

「お待たせしました」

ミルクをたっぷり注いだ熱いカフェ・オレに、焼きたてのクロワッサン。
彼女のテーブルに温かな朝食を運ぶときだけ、ミランはいつも緊張してしまう。一日のうちで最も気恥ずかしく、心が躍るような瞬間。

「ありがとう」

そのときまだ名前も知らなかった彼女は、必ず手元の本から視線を上げ、ミランにきちんとお礼を告げてくれる、めずらしいお客だった。
メルシー・ボク。
とても澄んだ声でこぼれ落ちる、その言葉。ミランの朝をいつも幸福な時間に変える、魔法の言葉だと、彼は思う。