体温
冷たい水で顔を洗って顔をあげると、やつれて不健康そうな俺が鏡に映った。最後に自分の顔を見たときから一週間しか経っていないのに、すごく老けて見える。
理由は一目瞭然だった。寝る間も惜しんでひたすら美穂を探し続けているせいだろう。
「はあ……」
もう一度強く顔を洗い、何回か頬を叩いてトイレから出た。
席に戻ると、健一は俺のカバンを膝に乗せて何かをしていた。視力の悪い俺は何をしているのか検討もつかなかった。
「……何してる」
問い掛けると、健一はゆっくり顔をあげてカバンを指差して苦笑いした。
「これ……コーヒー運んできた店員さんがお前のカバンに少しこぼしちゃったから拭いてたんだよ」
指差された方を見ると、確かに俺のカバンには大きなシミが出来ていた。お礼を言って椅子に座ると、健一が心配そうに俺を見つめてきた。
「……心配なのは分かるけど、ちゃんと寝ろよ? 美穂が帰ってきたときにお前がそんな顔してたら悲しむよ」
「そうだよな……」
「んじゃ、家まで送るから今日は帰ってゆっくり休めよ」
美穂のことで頭がいっぱいで、とてもゆっくり休めるような気分ではなかったが渋々頷き、残っていたコーヒーを一気に飲み干した。
「そろそろ行こうか」
「ああ」
外はもうすっかり暗くなっていて、視界に入る人たちはみんな寒そうに体を縮めて早足で歩いている。少し遠目に見える街路樹は、色鮮やかに輝くイルミネーションがほどこされていた。
「もうすぐクリスマスか……」
俺の呟きは誰に届くこともなく、キラキラと輝く街に飲まれていった。
――秒針が時を刻む音と自分の呼吸音しか聞こえない、薄暗いだけの空間。住み慣れた自分の部屋のはずなのに前よりも広く殺風景に感じるのは、美穂がいないからだろう。
「腹へったな……」
美穂がいなくなってからまともな食事をしていない。と言うのも、毎日美穂が料理を作ってくれていたからだ。あまり上手ではなかったが、俺はその手料理を食べるのが毎日楽しみだった。
『今日のご飯は巧の好きなハンバーグだよー』
不意に美穂の笑い声が聞こえた気がしてキッチンの方に目を凝らしてみたが、そこにはなにもない静かな暗闇が広がっているだけだった。
「帰ってきてるわけないよな……」
何度目か分からない深いため息を吐いて、ソファーに体を投げ出した。