魔物達の学園都市
◆ ◆ ◆
四時限目は歴史の授業。担当は春菜先生だ。
教室に入ってくるなり、俺の姿を見てにっこりと微笑む春菜先生。その笑顔が俺の緊張を解いてくれる。
出逢った時はまぁ、それこそ吸血鬼――の『鬼』の部分を嫌というほど味わわせてくれた彼女ではあるが、そんな本質をおくびにも見せないその笑顔は、あの出来事が夢か何かだったのではないかと思わせる。つっても、現実なんだけどね?
そんな春菜先生の授業は、俺に気を使ってか、『人類の歴史の終り』からの一千年間、魔物達がどう発展してきたかの要点を抜き出して教えてくれた。
一千年前、西暦で言うと二十一世紀の末。俺の祖先である人類は、自らの過ちの結果である荒廃した地上を捨てた。
温暖化ガスの影響で、天災の起こり続ける最悪の環境。
加えて発生した地軸移動による気候の大変動。
百億を超えた世界人口は、しかしそれをピークとして年々激減していく。
そんな、それこそ天変地異とさえ言える状況下でも、人という種は愚かだった。
『比較的安全に住める環境』を手に入れる為に、軍事国家が戦争を始めたのだ。それはやがて、人類の終末と言える状況をもたらしていく。
結果、まだ余裕のあるうちに、核戦争を想定して建設した地下都市に於いて、『選ばれた少数の人間』だけが、その命脈と運命を預ける事となったワケだ。
そんな、人間の居なくなった地上に出てきた者達――それが、永く人類と関わりを持たず、あるいは人類に紛れて細々と命脈を保ってきた『魔物』だったという事。
そして、ようやくここからが、春菜先生の授業の内容になる。
「最後の人類が地上からいなくなった年を魔暦元年として、第一次血族間紛争が起こったのは、魔暦何年、どの地域においてどすか? 羅魅亜ちゃん」
春菜先生の言葉を受けて、羅魅亜が席を立つ。
「はい、西ヨーロッパ地域、魔暦三〇七年ですわ」
「はい、正解どす。では次、三度の紛争後、吸血鬼を調停者とし、全ての魔物に対話を呼びかけた人物の名は? はい、デュラはん、答えてください」
ああ、アイツ、デュラはんっつーのかぁ。
例の首無し、つか、人見知りの生首が、離れた胴体に首を持ち上げられて立ち上がる。
「ええと……セイレーン、の、女王……ローレライ三十八世……に、よる……呼びかけ……です……」
オドオドとした態度と蚊の鳴くような声で、デュラはんは答えた。
つか、『デュラはん』は愛称という認識でいいのか?
……まぁ、それはどうでもいいが、アイツの態度見てると、イライラしてくんのは俺だけ?
とか思って左隣を見てみると。
ごっ、
ごっ、
ごっ、
ごっ――
鉄下駄が、床板をムダにリズミカルに鳴らしている。
で、ミノの額には青筋が浮いてたり。
ああ、俺だけじゃね〜んだ。
どこか、魔物に対する親近感と共に、安心感が俺を包んでいく。
次いで、今度は右を見てみる。
シネシネシネシネシネシネ……。
手斧の刃で器用に机を彫って落書きしている、ちんまいのがそこに居る。
と、不意にヤツが振り向き、俺と視線が合った。
え〜っと……。
まるで無人のハイウェイを爆走していくかのような勢いで、幾つもの冷や汗が額や背中を駆け下りていく。
ウメハラの眼差しは、黒目に輝きがまるで無い。
まぁ、贔屓目に見ても『なんか大切なモノ』を幾つか失っちゃってるみたいな虚無的な眼差しだ。で、口元だけはニマっと笑っているから、なおさらキモい。
「ケケッ、オマエ、ナカナカヤルでゲスな〜……」
口を開けると、上下にギザギザの歯が見えるんだが、噛み合わせどーなってんの? コイツ。
つか、「ゲス」ってなんだよ「ゲス」ってよ。『下衆』って事か? 確かにオマエはそうかも知れんが。
とか思ってると、不意にヤツの目に怪しい光がともった。
あ、殺気が……。
「シャーッ!」
直後に飛び掛ってくるウメハラ。オート回避スキルが発動し、ヤツの攻撃軌道上から俺の頭部が勝手に動く。
で、ヤツはそのまま手斧を振りかざしてミノの席までぶっ飛んでいった。うん、オート回避スキルパック、結構使えるな。
直後、
がっつ!
ミノがウメハラの頭を帽子ごと鷲掴みにすると、
ぷちゅっ――
「あ〜あ〜あ〜……」
俺はその光景を見て、思わずそんな声を漏らした。顔から血の気が引いていく。
頭を握り潰されて、だら〜んと垂れ下がったウメハラの身体。再度ザクロになった頭から流れ出た赤いものが、今度は制服を染め上げていく。
「黎九郎〜、ちゃんとウメハラ見とけよオメー」
ん、とか言って、ミノが俺にウメハラを差し出してくる。
ん、じゃねーよ、返すなそんなモン。
「つか、俺がワリぃのかよっ?」
俺は嫌々ウメハラを受け取りながら、不条理なその一言に抗議した。
「こら、そこ! ちゃんと授業聞いてはるんどすかっ?」
不意に春菜先生のお叱りが飛んだ。いや、少なくとも今のは俺は悪くないと思うぞ?
「くすっ……災難ですわね? 黎さん」
背後から、羅魅亜の声が耳に届く。
「そう思うんだったら、コイツなんとかしてくれよ……」
そう呟きながらも、背後を振り向いた時、俺は視線の先にあるソレを見てほくそ笑んだ。
「羅魅亜、ソレ取ってくれ」
「はい? これですの? ワタクシの持ち物ではありませんことよ?」
「いいんだよ。持ち主には後で俺から謝っておくし、代わりも持ってくるから」
俺はソレ――壁の衣装掛けに掛かっていた針金製のハンガーを受け取ると、早速それを解いて一本の針金にした。でもってそれを使って、ウメハラの両手足を背中で拘束する。
結果、窮屈そうなエビ反り状態になってしまったが、まぁいいだろう。コイツなら、エコノミークラス症候群も関係あるまい。
「なんか、ムゴい事になってますわね〜」
拘束したウメハラを机の上に放り投げると、羅魅亜の苦い笑い声が耳に届いた。
「では、現在の体制になって、はや三百年が経ちますが、魔物社会の実質的な盟主となった吸血鬼の真祖、ヴラド・フォン・ヴァンシュタイン公が、その昔ワラキアで呼ばれていた名前と、その意味を答えてください。はい、リーユンちゃん」
「はい」
お、今度はリーユンか。
俺が視線を送ると、その先ではリーユンが、無駄のない動作で立ち上がる。
……おや?
不意に、俺に一瞥をくれるリーユン。そうしてから、彼女は口を開いた。
「ヴラディスラウス・ドラクリヤ。意味は竜公の息子ヴラドです」
淀みなく、迷いなく発せられるリーユンの答。それを聞きながら、俺は一つ気付いた事があった。
リーユンの苗字はエルフ。だが、その母親であるという春菜先生は――
「なぁミノ、春菜先生、フォン・ヴァンシュタインって苗字だったよな?」
「ミノ言うな。……ああそうだよ。春菜先生は、真祖ヴラド公の曾孫だそうだ」
「ですわ。あんな、のほほんとして見えますけれども」
ミノの言葉に追随して、羅魅亜が言う。
「ふぅん……なにげにスゲェんだな、先生……」
俺も一応、データベースで吸血鬼を調べてはみた。吸血鬼の中でも、一際大きな力を持つ『真祖』という存在。真祖を本物の吸血鬼とするなら、その他は皆まがい物だ。