「新・シルバーからの恋」 第十章 希望
第十章 希望
ハワイから帰ってきてみんなには何事もなく一年程が経っていた。三組の新婚家庭はそれなりに忙しくなっていたから、以前のように会う機会は少なくなっていた。
今日の仕事は残業となったから美雪は外食にしたいと行則にメールを入れた。「平川を誘うから」と返事してきたので、「じゃあ4人で一緒に食べましょう」と伝えた。悦子と待ち合わせして梅田に向かった。
「久しぶりですね、お姉さん。やっぱりこの時間は混んでいるわね。予約した時も最後の一席だって言われたから」
「元気にしてた?場所予約してくれたのね。」
「ええ、でもね・・・ほらまたあの場所にしたの」
「そう・・・いいんじゃない」
「他に考えたんだけど、思いつかなくて・・・」
「みんな知っているから集まりやすかったし。電話して教えるから・・・」
悦子は順次に前に行ったレストランで待っていることを伝えた。
入り口で少し待っていた二人にやがて行則と順次が一緒にやって来た。
「遅くなってゴメン・・・」
「いいのよ、さあ中に入りましょう」
「いらっしゃいませ。副島様、お待ちいたしておりました。本日は当レストランのご利用まことにありがとうございます」
丁寧な挨拶で予約席に案内された。あの時と同じ大阪の夜景が一望できる窓際のテーブルだった。
「やっぱり眺めがいいなあ・・・今日は混んでいるけど、落ち着いた場所だね。素敵な場所だよ」順次は呟いた。
「まずは、乾杯しよう」副島が差し出したグラスにみんなが合わせた。チーンと甲高い音が響いてゆっくりとワインを飲み始めた。
「副島、提案があるんだけど聞いてくれるか?」
「なんだ?平川」
平川は今年の始め頃から今の仕事を辞めようと思い始めていた。体力のこともあるが、それより悦子ともっと居たいという気持ちが強くなっていたからだ。
「おれ、今の仕事辞めようって思うんだ。悦子にも話したけど元気な間に悦子といろんな所に行ったりして時間を使いたいんだよ」
「平川・・・偶然だなあ。俺も同じこと考えていたんだよ」
「本当か?でも美雪さんまだまだ仕事続けるんだろう?」
「うん、そのことなんだが・・・美雪から話してよ」
「はい、今の仕事はやりがいもあって辞めたくはないんですけど、主人ともっと一緒に居たいって考えるようになったんです。それで、相談したら同じだよって言ってくれて」
「仲がいいなあ、相変わらず」
「お前だって同じことじゃないのか」
「そうだな・・・もう辞表出したのか?」
「ああ、出したよ。慰留されたが来月一杯だよ」
「そうか・・・何か考えているのか?それとも隠居か?」
「考えているさ。隠居はないだろう、64だぜまだ。おまえこそ旅行三昧にするのか?」
「いや、そういう訳でもないけど・・・特に考えてはいないよ」
「ねえ?お姉さんは平川さんと何かしたいって思われないの?」美雪が尋ねた。
「どういう事?私はまだ銀行辞めないわよ。でも主人が家に居るようになったら、契約社員からパートに変えてもらおうかとは考えているけど」
「私ね、保険の代理店じゃなくどこか郊外で素敵な喫茶店を始めたいの。それでね、お姉さんにそのお手伝いをしてもらいたいって思っているのよ。幸い保険のお客さんで喫茶チェーン店の重役が居られるからお話も伺ったの」
「喫茶店なの。美雪未経験でしょ?やって行けるのかしら・・・私だって何も知らないし」
「大丈夫よ。主人が退職したらそのチェーン店で少し働いて勉強するから。お姉さんはお手伝いだけでいいのよ。ねえ?やりましょうよ」
悦子はこんな話が出るとは思わなかった。夫と相談して返事をすると即答は避けた。家に帰ってきて、そのことで順次と話した。
「お前がやりたいのなら俺は構わないよ・・・でも、休めなくなるからそれが辛いな」
「じゃあ、時々おやすみをする事を条件に美雪と話してみるわ」
「ああ、そうしてくれ」
副島は自宅を息子に譲って、必要なものだけ持参して美雪のマンションに引っ越していた。二人だけの生活には十分な広さだったのでしばらくそのまま住んでいた。美雪が郊外に喫茶店をやりたいと話したことで、お店と兼用して自宅も建てようと場所探しを始めていた。
「行則さん、考えたんですけどやっぱり店舗と住まいを新しく建てるのは、もったいないって思います。多分仕事も10年ぐらいしか続けられないし・・・子供たちが引き継ぐって言うことも無いし」
「店舗は人に貸してオーナーになるって言うことも出来るから、もったいないとは思わないけど。むしろ、たとえば広い敷地に一階が店舗、上にマンションかアパートを作って家賃貰えば、将来だって無駄なく過ごせるよ。僕たちはその中の一つの部屋に住めばいいんだし」
「そんなこと出来るの?土地だってたくさん要るし、建物の費用だって凄くかかるわよ」
「そうだね・・・この辺じゃ無理だけど、少し外れで探せば手に入りそうに思うけどな」
「たとえばどの辺りが可能なの?」
「う〜ん、詳しくは聞いてみないといけないけど、交野(かたの)とか、樟葉(くずは)辺りは結構開けているけど、大阪市内からは遠いから比較的安いって思うんだ」
「交野?樟葉?もう少しで京都ね・・・京阪沿線なら慣れているから悦子さんも通い易いわね」
「そうだね、守口から30分かからないから・・・負担は少ないと思うよ」
「どれぐらいお金って要るの?ざっとでいいんだけど・・・」
「土地が駐車場を入れて200ぐらい必要だから、全部で1億5千ぐらいだろうなあ・・・」
「そんなに!借金までして無理できないわ。仮店舗で探して、ここから通勤しましょう?」
「お金は心配要らないよ・・・借りたりもしないから。美雪と一生のことだから、俺が何とかする。お金持ってあの世には行けないし、息子にはもう家をやったから、いいんだ」
「あなた・・・私はここを売ったお金を足しても2千ぐらいしか出せないのよ」
「俺が万が一の時には必要なお金になるから、自分の分は取って置きなさい。大丈夫だよ、三友銀行の副島なんだから、ハハハ・・・」
スケールの大きな話になった。こんな人と巡り逢っただけでも凄いことなのに、夫にしている自分が信じられなかった。
今年も暑い夏がやってきた。炎天下にもかかわらず美雪と行則は出かけていた。悦子から手伝っても良いと返事が来ていたので場所探しは本格的な段階に入っていたのである。
携帯が鳴った。
「もしもし、あっ、お姉さん。はい、今は交野に居ますけど何か?」
「美雪、今剛司くんから電話があって、驚かないでね、徹くん亡くなったんですって!」
「えっ?なんて言いました?聞こえにくかったけど・・・」
「徹くんが亡くなったんですって、解る?」
「先輩が・・・亡くなった?うそでしょ?そんな・・・」
「剛司くんから電話が来て私も信じられなかったのよ。今夜お通夜なんだって・・・駅の裏に新しく出来た愛昇殿で6時から。来れる?一緒に行きましょう」
「悦子さん・・・いやだ、信じられない・・・酷いことされたけど・・・主人に話して行けるようにするわ」
「ええ、そうして。じゃあ後でまた電話するから」
ハワイから帰ってきてみんなには何事もなく一年程が経っていた。三組の新婚家庭はそれなりに忙しくなっていたから、以前のように会う機会は少なくなっていた。
今日の仕事は残業となったから美雪は外食にしたいと行則にメールを入れた。「平川を誘うから」と返事してきたので、「じゃあ4人で一緒に食べましょう」と伝えた。悦子と待ち合わせして梅田に向かった。
「久しぶりですね、お姉さん。やっぱりこの時間は混んでいるわね。予約した時も最後の一席だって言われたから」
「元気にしてた?場所予約してくれたのね。」
「ええ、でもね・・・ほらまたあの場所にしたの」
「そう・・・いいんじゃない」
「他に考えたんだけど、思いつかなくて・・・」
「みんな知っているから集まりやすかったし。電話して教えるから・・・」
悦子は順次に前に行ったレストランで待っていることを伝えた。
入り口で少し待っていた二人にやがて行則と順次が一緒にやって来た。
「遅くなってゴメン・・・」
「いいのよ、さあ中に入りましょう」
「いらっしゃいませ。副島様、お待ちいたしておりました。本日は当レストランのご利用まことにありがとうございます」
丁寧な挨拶で予約席に案内された。あの時と同じ大阪の夜景が一望できる窓際のテーブルだった。
「やっぱり眺めがいいなあ・・・今日は混んでいるけど、落ち着いた場所だね。素敵な場所だよ」順次は呟いた。
「まずは、乾杯しよう」副島が差し出したグラスにみんなが合わせた。チーンと甲高い音が響いてゆっくりとワインを飲み始めた。
「副島、提案があるんだけど聞いてくれるか?」
「なんだ?平川」
平川は今年の始め頃から今の仕事を辞めようと思い始めていた。体力のこともあるが、それより悦子ともっと居たいという気持ちが強くなっていたからだ。
「おれ、今の仕事辞めようって思うんだ。悦子にも話したけど元気な間に悦子といろんな所に行ったりして時間を使いたいんだよ」
「平川・・・偶然だなあ。俺も同じこと考えていたんだよ」
「本当か?でも美雪さんまだまだ仕事続けるんだろう?」
「うん、そのことなんだが・・・美雪から話してよ」
「はい、今の仕事はやりがいもあって辞めたくはないんですけど、主人ともっと一緒に居たいって考えるようになったんです。それで、相談したら同じだよって言ってくれて」
「仲がいいなあ、相変わらず」
「お前だって同じことじゃないのか」
「そうだな・・・もう辞表出したのか?」
「ああ、出したよ。慰留されたが来月一杯だよ」
「そうか・・・何か考えているのか?それとも隠居か?」
「考えているさ。隠居はないだろう、64だぜまだ。おまえこそ旅行三昧にするのか?」
「いや、そういう訳でもないけど・・・特に考えてはいないよ」
「ねえ?お姉さんは平川さんと何かしたいって思われないの?」美雪が尋ねた。
「どういう事?私はまだ銀行辞めないわよ。でも主人が家に居るようになったら、契約社員からパートに変えてもらおうかとは考えているけど」
「私ね、保険の代理店じゃなくどこか郊外で素敵な喫茶店を始めたいの。それでね、お姉さんにそのお手伝いをしてもらいたいって思っているのよ。幸い保険のお客さんで喫茶チェーン店の重役が居られるからお話も伺ったの」
「喫茶店なの。美雪未経験でしょ?やって行けるのかしら・・・私だって何も知らないし」
「大丈夫よ。主人が退職したらそのチェーン店で少し働いて勉強するから。お姉さんはお手伝いだけでいいのよ。ねえ?やりましょうよ」
悦子はこんな話が出るとは思わなかった。夫と相談して返事をすると即答は避けた。家に帰ってきて、そのことで順次と話した。
「お前がやりたいのなら俺は構わないよ・・・でも、休めなくなるからそれが辛いな」
「じゃあ、時々おやすみをする事を条件に美雪と話してみるわ」
「ああ、そうしてくれ」
副島は自宅を息子に譲って、必要なものだけ持参して美雪のマンションに引っ越していた。二人だけの生活には十分な広さだったのでしばらくそのまま住んでいた。美雪が郊外に喫茶店をやりたいと話したことで、お店と兼用して自宅も建てようと場所探しを始めていた。
「行則さん、考えたんですけどやっぱり店舗と住まいを新しく建てるのは、もったいないって思います。多分仕事も10年ぐらいしか続けられないし・・・子供たちが引き継ぐって言うことも無いし」
「店舗は人に貸してオーナーになるって言うことも出来るから、もったいないとは思わないけど。むしろ、たとえば広い敷地に一階が店舗、上にマンションかアパートを作って家賃貰えば、将来だって無駄なく過ごせるよ。僕たちはその中の一つの部屋に住めばいいんだし」
「そんなこと出来るの?土地だってたくさん要るし、建物の費用だって凄くかかるわよ」
「そうだね・・・この辺じゃ無理だけど、少し外れで探せば手に入りそうに思うけどな」
「たとえばどの辺りが可能なの?」
「う〜ん、詳しくは聞いてみないといけないけど、交野(かたの)とか、樟葉(くずは)辺りは結構開けているけど、大阪市内からは遠いから比較的安いって思うんだ」
「交野?樟葉?もう少しで京都ね・・・京阪沿線なら慣れているから悦子さんも通い易いわね」
「そうだね、守口から30分かからないから・・・負担は少ないと思うよ」
「どれぐらいお金って要るの?ざっとでいいんだけど・・・」
「土地が駐車場を入れて200ぐらい必要だから、全部で1億5千ぐらいだろうなあ・・・」
「そんなに!借金までして無理できないわ。仮店舗で探して、ここから通勤しましょう?」
「お金は心配要らないよ・・・借りたりもしないから。美雪と一生のことだから、俺が何とかする。お金持ってあの世には行けないし、息子にはもう家をやったから、いいんだ」
「あなた・・・私はここを売ったお金を足しても2千ぐらいしか出せないのよ」
「俺が万が一の時には必要なお金になるから、自分の分は取って置きなさい。大丈夫だよ、三友銀行の副島なんだから、ハハハ・・・」
スケールの大きな話になった。こんな人と巡り逢っただけでも凄いことなのに、夫にしている自分が信じられなかった。
今年も暑い夏がやってきた。炎天下にもかかわらず美雪と行則は出かけていた。悦子から手伝っても良いと返事が来ていたので場所探しは本格的な段階に入っていたのである。
携帯が鳴った。
「もしもし、あっ、お姉さん。はい、今は交野に居ますけど何か?」
「美雪、今剛司くんから電話があって、驚かないでね、徹くん亡くなったんですって!」
「えっ?なんて言いました?聞こえにくかったけど・・・」
「徹くんが亡くなったんですって、解る?」
「先輩が・・・亡くなった?うそでしょ?そんな・・・」
「剛司くんから電話が来て私も信じられなかったのよ。今夜お通夜なんだって・・・駅の裏に新しく出来た愛昇殿で6時から。来れる?一緒に行きましょう」
「悦子さん・・・いやだ、信じられない・・・酷いことされたけど・・・主人に話して行けるようにするわ」
「ええ、そうして。じゃあ後でまた電話するから」
作品名:「新・シルバーからの恋」 第十章 希望 作家名:てっしゅう