猿蟹合戦
猿は土間にある囲炉裏の前に手をついて土下座した。そして、陳謝を示そうか、とさらに囲炉裏へと顔を近づけた。そのときである。囲炉裏の火種の中に隠れていた栗が爆ぜた。もっとも、爆ぜたというのはあくまで喩である。栗自身が爆発したというわけではなく、勢いよく飛び出したに過ぎない。ただその勢いというのが甚だ強かった。猿は目視すらできず何が起こったのか分からなかった。栗は猿の口中へと入り、二、三秒暴れた。まず喉へと突き刺さりそこを傷めつけ、猿が吐きだそうとするのを舌の上で堪えた。触れた部分の唾液が一瞬で蒸発するほどだから、その熱は相当なものだっただろう。ようやっと猿は栗を吐きだすことに成功すると、その正体も確かめずに水瓶へと走った。口をすすぐつもりだろう。それはかまどの脇に置いてある。猿ははだしでそこまで駆けた。が、それを見越して潜んでいた者がいる。蜂だった。水瓶の蓋が開けられるとすばやく猿の顔面へと飛んでいき、鼻を刺した。猿の潰れたような鼻は激痛とともに腫れあがった。猿はここまでされてようやく、これが報復によるものだと悟っり、そして戸へと走った。殺意というものを感じたのかもしれない。その逃げ様は無様で、さらに顔はもっと無様だった。
蟹はもう十分だと思った。もとよりそれほど悲しくはない。あのとき腹は減っていたが、今は足りている。それだけで良いような気がした。猿が戸を開け、そして跳び出すのをただ見ていた。
そこへ、臼が空から降ってきた。蟹が見たのは臼ではなく猿である。降ってくる臼ではなく、押しつぶされる猿を見ていた。
すべての報復が終わり、気絶した猿の顔を蟹は見た。他の三者は満足そうにしていたが、蟹だけはそのようには感じられなかった。
ただおそらく、自分が一番悪いのだろうとひそかに思った。