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スカイグレイ
スカイグレイ
novelistID. 8368
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鳩の来る部屋 改

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「お兄ちゃんが友達から聞いて、その友達はまたその友達から聞いたってお話なんだけど」
 二人で一つの毛布をすっぽり被っているせいか、郁美の声は変にくぐもっている。ベッドのシーツに接している膝の裏にじっとりと汗をかいている。外界から一枚の薄い布で仕切られた、狭い狭い二人だけの空間で、わたし達はじっと見つめあう。
「ある男の人がね、あ、仮にAさんにしとくね」
 仮に、なんて少し難しい言葉を使ったつもりなのか、郁美は少しだけ得意そうだった。
「Aさんにはお友達がいたんだって。えっと、仮にBさんにしとくね」
 うんうん、とわたしは頷いて見せる。その反応に満足したのか、郁美はまだ膨らみ始めてもいない胸を張って、座りなおした。
「ある日、BさんはAさんに言ったんだって。『俺の家、夜になると鳩が来るんだぜ。可愛いんだー。お前、一度泊まりに来いよ』って。
 Aさんは鳩になんか興味なかったけど、Bさんがあんまりしつこく勧めるもんだから、ついに折れて、泊まりに行くことになったんだって。で、Aさんは一晩Bさんの部屋のBさんのベッドで眠ることになったんだって。それでね、」
ちょっと待って、とわたしは郁美を遮った。郁美は、何、とでも言いたげにわたしを見る。
「AさんがBさんのベッドを取っちゃったら、その日Bさんはどこに寝るの?」
「さあ……。知らない。そこまでは聞いてないよ」
 郁美は続きを話したくて仕方ないのか、不機嫌そうだ。郁美の額の縦皺が、それを正直に語っている。
 ん、わかった、続き話して、とわたし。
「それで、その夜のことです」
 雰囲気を演出しようとしたのか、郁美は急に口調を変えた。
「Aさんがちょっとうとうとしかけた時、コツコツ、と窓を叩く音が聞こえてきました。ああ、これが噂の鳩か、と思いながら、Aさんはその音を聞いていました。
 でもそのうちに、キィ、と窓の開く音がしました。そして、何かが部屋の中に入って来る気配を感じたのです。鍵をかけ忘れていたのか、何かの拍子に窓が開いて、鳩が入り込んでしまったのです。Aさんは少し焦りました。鳩を外に出さなくてはなりません。起き上がろうとしましたが、体が言うことを聞きません。目を開けることもできません。Aさんは金縛りにあってしまったのでした」
 ふー、と郁美は細く長く息を吐いた。わたしは、汗で額に張り付いた前髪をかきあげる。
「動けないでいる間も、鳩は部屋の中を歩き回っていました。トトトッと床を走り抜けたかと思うと、壁を登っていく気配がします。Aさんは何かおかしい、と思いましたが、相変わらず身動きはできません。壁の次は、天井。そこで鳩は歩き回るのをやめたのか、トトトッという音が聞こえなくなりました」
 ここで郁美は、わたしの反応を窺うかのように間を取った。わたしが表情を変えないでいると、郁美は体を寄せてきてわたしの手を取った。汗ばんでいるのに、冷たい手だった。
「どれくらい時間が経ったのかわかりません。徐々に金縛りも解けてきて、Aさんは、今のは夢だったのかもしれないと思い始めました。体の力を完全に抜いたその時、」
 郁美は私の手を痛いほどに握りしめた。
「ドサッ、と胸の上に落ちてきたものがあったのです。Aさんは驚いて、目を開けて、それを見ました。Aさんの胸の上に載っていたものは、」
 すー、はー。郁美の肩がわずかに上下する。
「男の人の、生首でした」
 吐く息に乗せるようにして、郁美は言った。
 わたしは急に、毛布の中の温度が下がったように感じた。
 郁美の目が三日月のように細くなる。冷たい手がわたしの頬を挟む。わたしはその手を外すこともできない。
「ね、どうだった?」
 郁美の小さな口が動いて、問う。その問いがわたしに向けられたものだとわかるまでに、少し時間がかかった。
「どうだった、って?」
「もう……、怖かった?」
「ううん、全然」
 わたしが言うと、郁美はひどく傷ついたような顔をして、唇を尖らせた。
「何よ、もー」
「だって怖くなかったんだもん。仕方ないじゃない」
 郁美はむぅ、と今度は口をへの字に曲げてわたしを睨みつけた。
「じゃあ、次ははーちゃんの番だよ。あたしが震え上がって夜も眠れないくらい怖い話してよ」
「怖い話なんて知らない」
 わたしが首を振ると、郁美は、えー、と不満そうな声を上げた。
「ずるいずるいずるいずーるーいー。あたしだけがしてはーちゃんがしないなんてずーるーいー」
「ずるくない」
「ずるい!」
 郁美はわたしの頬を挟む手に力を入れた。
 やめてよ。言おうとしてうまく言えなかった。郁美は一層力を込めてくる。だからわたしも、同じことを郁美にしてやることにした。柔らかい産毛の生えた頬の表面は汗に濡れている。ぎゅう、と力を込めると郁美は、むぅ、とも、うーともつかない声を出した。
 ぱたたっ、ぱたたっ。
 窓の外に、夕立の訪れた音がする。
「降ってきちゃったね」
 と、郁美。
「そうだね」
 と、わたし。
「そろそろ、帰ろうかな」
 郁美は少しだけ、名残惜しそうな顔をした。
「うん」
 二人で被っていた毛布を勢いよく跳ね上げる。
「はー……。汗だく」
 そう言って郁美は、わたしのベッドに倒れこんだ。わたしは締め切っていた窓を開けて、吹き込んでくる雨を顔に受けた。
「雨が上がったら、少し涼しくなるよ」
 わたしは窓を閉めて、郁美のまくれ上がった短いスカートを直してやる。
「んー」
 反抗のつもりなのか、郁美は足をばたつかせた。
「こら、見えるよ」
「見んな、変態」
 郁美は目を三日月にして、にやついている。
 誰が変態だ、と言い返そうかと思ったけれど、かえって郁美が調子に乗るだけだと思ったのでやめた。
 郁美はますます調子に乗って、ベッドに仰向けになったまま、脚を高く上げて、下ろす。
「やめてよ、埃が立つ」
「ふふー、あたしの脚に見とれちゃった?」
 郁美は再び脚を上げて、見せびらかすようにする。
「馬鹿なこと言わないの」
 でも実際、郁美の脚は綺麗だ。褐色で細くて、その皮膚は滑らか。うらやましくなってしまうほどに。
「ねえ、はーちゃん」
「何」
「あたしのこと、好き?」
「どうしたの、急に」
 郁美のにやにや笑いは、いつの間にかどこかへ消え去っていた。
「いいから」
「……嫌いじゃないよ、別に」
 少し考えた挙句、わたしの口から出てきたのはこんな答えだった。
「嫌いじゃない」
 郁美はわたしの言葉をそのまま繰り返した。
そっか、と短く言ったその表情から、わたしは何も読み取ることはできなかった。
雨の降る音だけが、電気を消した薄暗い部屋の中に充満していく。
おやつを持ってきたママが、雨が上がるまでうちにいたら、と引き留めたのも断って、郁美は傘も差さずに帰って行った。
「すぐですから、大丈夫です。じゃあね、はーちゃん、また明日」
そのポニーテールを見送っていると、雨が郁美を掻き消してしまうような、そんなありえない、けれど確かな、嫌な予感がした。
 
***

 汗びっしょりになって目が覚めると、時刻は午前三時だった。夢か、と思ってほっとする。
 未だに瞼の裏には郁美のポニーテールが焼き付いている。十年経った今でも時々、あの日の夢を見るのだ。
作品名:鳩の来る部屋 改 作家名:スカイグレイ