昔の事―ざんがい―
かたんと戸が閉まって、彼の足音が完全に聞こえなくなった時。
「――良いのかい? 真実を伝えなくて」
「ああ……」
ムラサキの言葉に、アカネは俯いて作業を続けたまま短く低く返す。
「教えたとしても、意味なく恐がらせてしまうだけだ。それにここ二、三年は何も起こっていないから……教えなくても問題ないと思うが……」
ここでアカネはふと作業の手を止めて、折れ曲がってしまったページを伸ばしているムラサキを見上げた。
「お前……まだ覚えているのか」
そのアカネの探るような視線を受け、瓜実顔がほんの少しの間彼女の顔を見つめた後、視線を不意にアカネから逸らして、
「まあ、ね」
短く返した。
「あれは流石に、そうそう忘れられそうにないよ」
俯いた顔を上げぬまま、細い指で題名が書かれていない本の表紙をムラサキ。アカネは何故か少しばかり眉間に皺を寄せて、苦しそうに彼女を見つめていた。
ムラサキは静かに昔話を始めた。
「通称“首切り桜”――その昔、あるイカレタ殺人者が殺した遺体を木にぶらさげ、その根本に首を置いていたという桜の木。その美しさのあまり、理事長が九年前に引き取った」
「曰くつきだったからか。それとも弱い心がいけないのか。その木の根本で自殺する者が後を絶たず、いつしか名前は“首つり桜”に変わってしまった」
アカネはまっすぐムラサキを見つめている。
「そういえば、あの木を運んできて移し植えたのは私達整備委員会と、当時四等生(初等部六年生)だったお前も含めた図書委員会だったな」
アカネの、半ば問いかけるような口調。だが、それにムラサキは答えなかった。
ムラサキはふと、表紙を撫ぜる手を止める。そして、
「そして。一番最初に、その木の根本で生徒の死体を見つけたのは、私だった」
答えの代わりか、そう言って、ムラサキは軽く苦笑した。
「きっとあの木にはね、人を誘う力があるんだ」
(貴女も、知っているんじゃないかね?)
「ああ……」
静かに問いかけてくるムラサキに、アカネは吐息交じりに肯定の意を返すしか出来なかった。
――その木の元で自殺者が数多く出たことは、自殺の連鎖が終わるまでの約六年間を学園で過ごした者しか知らない事実だったのだ。