こたつのぬくもり
夕食が終わって鍋が片づけられ、佳奈はテレビを見始めて、こたつに入ったまま寝転んでいた父さんからはイビキが聞こえていた。
「じゃあ、そろそろ帰るわね」
母さんと一緒に台所にいた由紀さんが戻ってきてコートを手にする。
佳奈が「泊まっていってよ」と駄々をこねたけど、由紀さんは妹の頭を撫でながら「また来るね」と答えていた。
「ねえ智くん、駅まで送って行ってよ」
こたつに入ったままの僕を由紀さんが見た。
「え?」
「そうね、外はもう暗いし」
母さんが大きく頷き、佳奈は何も言わずにちょっと僕を睨んでいる。
「まあ……いいけど」
外の空気は僕が帰ってきたときよりもずっと冷たくて痛いほどだった。
由紀さんがくしゃみをしたので首に巻いていたマフラーを渡す。すごく嬉しそうに受け取って「優しいね」と言ってくれたけど、それはたぶん綺麗な優しさじゃない。
夜道をゆっくりと歩きながら由紀さんは一緒に暮らしていた頃の思い出を楽しそうに話していた。まるで過去の自分にお別れを告げるように。
僕との約束もとっくの昔に消えてしまったんだろう。それは当たり前だ。よくある幼い子供の戯言。由紀さんはそれに付き合ってくれたに過ぎない。
駅前に出るとさすがに周りも明るくなったけど、人の姿は全然見えない。由紀さんが暮らしている東京とは全然違うんだろうと思う。
「送ってくれてありがとう」
そう言って差し出された手。それを僕が軽く握ると、突然ぐいっと引っ張られて、気がついたときには抱きしめられていた。
「ごめんね」
その囁きと懐かしい柔らかな感触に包まれて、僕が止めていた息を吐く。
由紀さんの身体の芯には、こたつのぬくもりがまだ残っていた。
身体を離した由紀さんが「じゃあね」と笑って駅へと駆けていく。
僕はその背中をただ見つめている。
最後にもう一度振り返って大きく手を振ると、由紀さんは僕のマフラーを巻いたまま改札口の向こうに消えていった。