こたつのぬくもり
こたつのぬくもり
白い息を吐きながらドアを開けると、玄関に見知らぬ靴があった。もこもこした暖かそうなブーツ。母さんが履くには若々し過ぎるし、小5の佳奈にはまだまだ早い。
冷たい風に背中を撫でられ、僕は開けっぱなしだったドアを閉めた。
薄暗くて寒い廊下を抜けて居間に入ると、こたつに入った家族が僕を迎える。
父さん、母さん、佳奈。そして、いつものメンバーと共に「おかえり」と微笑んでくれたのは、やっぱり由紀さんだった。正月に会った時より少し髪が伸びている。
すき焼きの鍋が乗っているガスコンロの点火スイッチを父さんが回すと、鞄を持って突っ立ったままの僕を由紀さんが見上げた。
「智くん塾行ってるんだって? こんな遅くまで偉いね」
「来年受験だから」
そう答えて鞄を下ろし、マフラーを取りながら僕は密かにちょっと困っていた。
こたつの四辺が全て埋まっている。この状態だと誰かの隣に座らなくちゃいけない。胡坐をかいたデカい父さんと一緒には座りづらいし、由紀さんの前で母さんの横に座るのも何となく避けたい。佳奈の隣が無難だけれども、たぶん嫌な顔をされるだろう。
ゆっくりとコートを脱いでいる間にも明確な正解が出てこない。とりあえず一度自分の部屋に行こう。そう思っていたら、少し横にずれて座りなおした由紀さんがこたつ布団を持ち上げた。
「智くん、こっちおいで」
昔のように僕を呼ぶ声。そんな風に言われたら断るわけにはいかない。吸い寄せられるように温かいこたつの中に冷えきった足を入れる。
僕が小1から小3の頃、由紀さんはこの家に住んでいた。父親が海外出張で母親もついていったけど、高校に進学したばかりだった娘の由紀さんは日本に残ることを選んで、叔父である父さんの家に居候していたんだ。
少し年は離れていたけど、僕も佳奈も本当のお姉ちゃんのように慕っていた。こたつにも三人並んで座っていた。
でも、中3になった今の僕は気をつけないと肘が当たってしまう。白いセーター姿の由紀さんから漂ってくる香水の優しい香りも、佳奈がこちらを見ながらニヤニヤしているのも気になる。
たしか由紀さんが東京の大学に行く半年くらい前から僕は隣に座らなくなった。身体も大きくなっていたし、心だって無垢じゃなくなっていたから。
「ほら、ちゃんと野菜も食べなきゃダメだよ」
そう言って鍋から僕の取り皿に入れてくれる姿は、昔の”お姉ちゃん”のままだ。
たぶん僕との約束なんて忘れているんだろう。こうやってこたつに入りながら由紀さんは確かに「いいよ」と言ってくれたのに。
「本当は旦那さんの顔も見たかったけどねえ」
母さんがそう言うと、由紀さんは「まだ旦那じゃないよ」と少し嬉しそうに答えた。
「一緒に連れてきたかったんだけど、仕事が忙しいらしくて」
「結婚式で会うのが楽しみね」
由紀さんは来年の春に結婚する。僕も会ったことはないけど、写真を見る限りは良い人そうだった。
「でも、由紀姉ならもっとカッコイイ男の人と結婚できるでしょう?」
佳奈がそんな失礼なことを言っても由紀さんは笑っている。
その幸せそうな横顔から僕は目を逸らした。