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こうして年が暮れていく。

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2010年12月31日、午後11時25分。
新年まで残り30分と差し迫った頃、あとは年越しを待つのみ…と緩みきった一家の空気を打ち破るかのように、ジーパンのポケットに収まっていた携帯が、けたたましい着信音と共に震え出した。
そのとき俺は、居間で紅白歌合戦を見ながら呑んだくれている家族の代わりに、台所で渋々食器を洗っている最中だった。
こんな年の瀬に電話してくるバカはどこのどいつだ!と、呆れながら携帯の着信画面を見ると、そこにはドコモダケのアイコンと一緒に点滅している『アヤ』の文字。
その瞬間、悔しいけれど俺は女子高生のように「きゃあ」とか奇妙な声を出してしまったと思う。

「も、もしもし?」
「あ、カズ!?」

電話口から届いたのは、何年も聞き慣れている愛しい女の子の声。

「アヤ、どうした?」
「あのさ、悪いんだけど今からちょっと会えない!?」
「えっ、なんだよ急に」
「どうしても今日中に会いたいの!今家出たから、5分でカズヤんち行くわ!」
「は!?ってか待て!お前んちから俺の家まで15分はかかるだろ!?」
「ブツッ… ツーツー…」

謎の宣言を残したかと思えば、次に聞こえてきたのは終話を告げる無機質な音だった。

(なんかよくわかんねぇけど、こっち来るっぽいな…!!)

電話の相手は相変わらずマイペースに俺を振り回す。それは大晦日だろうと関係ないみたいだ。
こんな夜更けに一体なんだろうか。さっきの電話の焦った様子だと、只事ではないような気もする。

(もしかして、急に一緒に年越ししたくなったとか…。)

と、そこまで考えて、俺はニヤついている顔を引き締めた。
とにかく今は洗いかけの食器をさっさと片付けて、部屋着のトレーナーの上にチェックのパーカーを着こんで。
家族にバレないようにそわそわしながらヘアスタイルを気にしていると、ピンポーンと間の抜けた玄関チャイムが堂々と家中に鳴り響いた。
玄関のドアを勢いよく開くと、暗闇の中で自転車に跨りながら俺を睨む黒髪の女の子がいるのを確認する。
先ほどの電話からきっかり5分。
自転車を飛ばしてきたであろうアヤは肩で息をしながら「よう」と言わんばかりに軽く俺に手を上げてみせる。

「悪いね、こんな時間に」
「いや、俺は全然いいけど…。お前大丈夫?どうしたの?」

ハンドルにもたれつつ、大きな漆黒の瞳を俺に向けてじっと黙りこむアヤ。
その俄かな沈黙に俺の鼓動が激しく波打つ。
まさか、本当に一緒に居たかったとか。そんなピンクの期待が一瞬俺の頭の中を過ぎる。
が、アヤの口から出た言葉はそういう甘い含みを持った台詞ではなかった。

「カズヤ。ぴーえすぴー、返して」
「………へ?」
「だから、前に貸したでしょ?ぴーえすぴー」
「ぴーえすぴー…?」
「PSP!!」

ああ、プレイステーションポータブルね!

俺の頭の中のピンクは瞬殺された。
そういえば、最近アヤは『モンスターハンターの新作が出た!』と意気揚々に話していた記憶がある。
あのゲームはアヤが大好きなシリーズで、前作も1000時間以上を費やして攻略しようと奮起していた。

そう。アヤは1ヶ月前に貸してくれていたPSPを取り戻しに、今夜やってきただけなのだ!

「返してなくて悪かった。…けど、それって今日必要!?」
「バカ、必要に決まってんじゃん!せっかくの年末年始の休みを利用しないでどうするよ!」
「別に明日でもいいだろ!なんでこんな夜遅くに…」
「正月早々、一家団欒してるカズんちに行くのは気が引けてさ。今夜中に回収に来たの」

ゴーン。

遠くで除夜の鐘が空しく鳴り響いている。
どうやら年越しのカウントダウンを一緒にしよう、という乙女な発想をアヤは微塵も持ち合わせていないらしい。
むしろ、綺麗な黒髪の下に宿る吸い込まれそうなくらい大きなアヤの目は、有無を言わさず真剣だった。



「タツヤ!!!」

玄関先にアヤを待たせて、俺は家に駆け上がり弟の名前をありったけの声で叫んだ。
弟のタツヤは居間のコタツで紅白歌合戦を見ながらPSPに勤しんでいる。
最近出たばかりのAKB48の恋愛ゲームを熱心にプレイしている最中だった。

「タツヤ!!!」
「うっさい兄ちゃん、今忙しいのにー。なに?」
「お前が持ってるそのPSP、今すぐお兄ちゃんに寄越しなさい」
「は!?なに言ってんだよ!今ともちんとデートしててもうすぐ告白までいくんだよ!?」
「知るか!とにかく今すぐそのゲーム終わらせろ!」
「何それ、絶対やだぁー!まだあっちゃんしかクリアしてないもんーっ」
「ええい、ごちゃごちゃうるさいっ!来年兄ちゃんがPSP買ってやるから今日は紅白見て我慢しろっ」

折しもテレビでは紅白歌合戦がフィナーレを迎えていて、ステージ上には華々しくAKB48も登場している。
タツヤが好きな前田敦子と板野友美が眩い笑顔で「良いお年を。さようなら~」と手を振っていた。

(本当はタツヤが終わったら俺も1回くらいプレイしようと思ってたけど…致し方ない!!)

泣き叫ぶ弟を突き飛ばして玄関先に戻ると、アヤは相変わらず自転車にもたれながら大晦日の夜空を見上げていた。
空気が澄んでいるせいか星がはっきりと見える。

「カズヤ!持ってきてくれた?」
「お…お待たせ…」
「悪いねぇ~。や、モンハンがなけりゃずっと貸してても良かったんだけどさ、こればっかりは譲れなくてねぇ」
「アヤがモンハン信者なのは知ってるからいいよ…」

なんとも言えない疲労感でいっぱいになる俺を横目に、PSPをしっかりカバンの中に納めたアヤが、ご機嫌そうにニンマリ微笑む。
これでアヤの正月の三が日はモンハン三昧で決定だろう。
俺は内心呆れながらも、想像するとなんだか可笑しく思えてきて、アヤに見えないように小さく笑ってしまった。

「じゃっ!あんがとねっ」
「…って、おい!待てアヤ!」

潔すぎるくらい突然アヤが勢いよくペダルをこぎ出すので、俺は慌てて自転車の後ろをがっちり引き止めた。
アヤは長い髪を流しながらパッと振り返る。

「もう帰んのかよ!?」
「当たり前でしょ!帰ってモンハンしなきゃ!」
「ええええ」
「私は一分一秒たりとも無駄に出来ないの!さ、この手を離して」

年越しまであと15分弱。
このままアヤを行かせたら、彼女は新年を迎える瞬間、バーチャルな世界でモンスターを狩りまくっているに違いない。
アヤがモンハン好きなのはむかつくくらい知っているけれど、せめてもう少し一緒にいたい、来年を一緒に迎えたい。

「アヤ」
「なにー」
「今日が大晦日なのはわかるよな?」
「いくら変わり者の私でもそれくらい知ってます!」
「じゃ、神社行くぞ」
「えー!!!だってモンハンが…」
「頼むからモンハンのことは来年まで忘れてくれ!!」

ぶーぶー文句を言い出すアヤを敢えて無視して、俺はアヤの自転車を強奪するとサドルに跨った。
一番近い神社までは自転車で10分もかからない。今から走っていけばカウントダウンにも間に合うだろう。

後部座席に乗るようにアヤを促すけれど、戸惑いがちに立ち尽くすアヤはさっきから頑なに拗ねている。