眼鏡ポーンな話
眼鏡って、飛ぶんですよ。
ある休みの日。
理由なんて忘れてしまうほど、きっかけはほんの些細なこと。私はダンナと口喧嘩をしていた。いや、口喧嘩とも呼べない。私が一方的に、ダンナに文句を言っていたのだった。
ダンナ「よくそんなにぽんぽん言葉が出るね~」
呑気な笑顔でそう返すダンナ。……この余裕。
ウチのダンナは普段、全くと言っていいほど怒らないのだ。どんなにチョップされたり噛まれたり飛び蹴りされても、怒鳴ったり手を上げることは勿論ない。〝ゴジラ〟と呼ばれたことはあったが、所詮、男からみたら私など特撮の怪獣どまりなのか。
私「~~~バカにすんじゃにゃーい!!」
私は右手で、思い切りスマッシュをした。そしたらなんと。
バコーーーン!!
……ダンナの左頬に、それは見事に入ってしまったのだ。
そこから先は、まるでスローモーションのようだった。
狐を描くようにダンナの顔から吹っ飛んだ眼鏡は、舞うようにそのボディを回転させ、
カシャーン……。
フローリングの床に落ちた。
私(……ヤ……ヤバイっ……!!)
さすがに私は動揺した。
幸運なことにレンズは割れはしなかったのだが、それでも―――。
私だったら確実に怒る。怒るどころではない、怪獣大戦争が始まるだろう。
私(ど……どうしよ、怒られる……)
いつもマシンガンのようにダンナに文句を言ってるわりに、相手から怒られることに対して免疫がない私。自分勝手すぎる私……。
本当に、この時ばかりはかなりあせったのをよく覚えている。
しかし、ダンナのとった行動は―――。
何事もなかったかのように、床に転がっていた眼鏡を装着し、テレビを見始めたのだ。
私(……。……? っ!?)
ダンナの顔は無表情。……いつもと変わらない、淡白な顔である。
……怒って、いない、……のか?
読めない。
ダンナ「……フフフーン、フフーン♪」
何故、鼻歌。
私は堪らず、聞いてみた。
私「……怒ってないの?」
ダンナ「え? なんで?」
私「え……、だって、ひっぱたいた上に、眼鏡が……」
ダンナ「眼鏡? うん、壊れてないよ」
私「……怒んないの?」
ダンナ「なんで怒るの? 俺、怒ってないよ? なんにも」
私「……」
……何に対して怒るのか、全くわからないようなダンナの受け答え。
普通怒るよね? え、怒んないの? 私だったら絶対怒るけど……え、私がオカシイの?
……例えていうなら、彼は心停音のような感情。逆に〝山のような天気〟とダンナに言われるように、私の感情の起伏は激しい。
ズレ? これは感情のズレなのか?
未だに、彼の怒りのリミッターが全くわかりません。
―――なので、先程聞きましたよ、本人に。
私「私に悪口とか文句言われたりするのに、何で怒らないの?」
ダンナ「流してるから~」
……流せるんだ、あんなボロクソ言われて。
私「じゃあ私が何したら怒るの?」
ダンナ「KARAのことバカにしたら~」
……。
………。
そっ、とおでこを撫でてやった。
……なんかベトベトした……。