夏風吹いて秋風の晴れ
めずらしく酔っていた人
「大場も来てるでしょ?」
「うん、もちろん、話さっきしたけど、お父さんも大丈夫そうだし、良かったね。でも、連絡ないのを怒っといたら、劉にも怒られたって言ってた。夏樹にもそうとう怒られたみたいよ」
「うん、そっか、あとは誰来てるの?」
玄関いっぱいの靴を見ながらだった。
「えっとね、施設の星野さんも、ほら、彼氏の是洞さんも、それにステファンさんたちでしょ・・それから、隣の家と、それから弓子ちゃんの学校のお友達で、クレアちゃんって子も」
下北沢で弓子ちゃんと一緒のときに会った女の子も来ているようだった。それは、きっと、弓子ちゃんが彼女に、いろんなことを説明したからに違いなかった。自分のことも、今日やってきた純ちゃんのことものはずだった。でなきゃ、今夜、彼女がここにいるわけは無かった。思わず笑顔がこぼれていた。
「さぁ 早く劉もあがりなよ、おなか空いたでしょ?」
「うん。直美はちゃんと食べてられるの?お客さんいっぱいだけど、大丈夫?」
「うん、大丈夫、準備は大変だったけど、弓子ちゃんもお友達のクレアちゃんも、それに星野さんも手伝ってくれたから・・今は、もう、わたしも食べてるだけ・・・」
「そっか、ならいいや」
「あっ、劉の分を取っておこうと思ったけど、いっぱい料理あるから平気だよ。さつ、あがって」
直美に腕をつかまれていた。あわてて、靴を脱いでいた。
靴を脱いで足を上げると、弓子ちゃんが奥の部屋からこっちに向かって歩いてきていた。その後ろには小さな純ちゃんが後を追いかけてきていた。
「こんばんは、早くあがってください、劉さん」
「うん、いま上がらせてもらうから」
「はぃ、叔母さんが早くあがってくださいって言ってます。あっ、純ちゃん、あいさつは?」
後ろの足にくっついてるって感じで立っている純ちゃんに弓子ちゃんがだった。
「こんにちわ」
「はぃ、こんにちは」
ゆっくりと純ちゃんの顔を見ながら頭を下げていた。恥ずかしいそうな顔をこっちに向けていた。
「じゃぁー いこう」
直美の声で、4人でおくの部屋に向かっていた。1回だけ歩きながら純ちゃんがこっちを振り返っていた。
部屋に入ると、大人数で、みんなが料理を囲んで楽しそうにしていた。それはそれはにぎやかだった。
酔ったステファンさんには、
「こっちに着なはれぇええ あんさん」
って和室の1番奥の上座で真っ赤な顔をしながら呼ばれたけど、どうみたって、座れる場所なんてなかったから、手前の部屋のソファーに座っていた。
横には神父の林さんだった。
大場はも、もう真っ赤な顔で、
「いよぉー 柏倉ぁー 遅いぞぉー」
ってステファンさんの横でごきげんそうな声をだしていた。
それから、和室の手前のほうには、弓子ちゃん達がお世話になっていた、星野さんが静かだったけど、楽しそうな顔を浮かべていたし、その横には変わった名前の彼氏の是洞さんが、座っていた。
で、和室の部屋の真ん中には純子ちゃんと、弓子ちゃんと、その友達のクレアって言う子が座っていた。
それで、叔母さんが和室の入り口に座っていた。叔父は奥のほうだった。
直美は、いままでは和室にいたみたいだったけれど、今は、俺と一緒にソファーの上に座っていた。
「林さん、奥に行ったらいいじゃないですか?」
隣で、笑顔を浮かべて料理を口にしていた林さんにだった。
「いえ、いえ、ここで充分楽しいですから」
いつもの口調だった。
けっして不機嫌ではなく、いつものだった。
それを聞いた直美が、
「林さんもビールぐらい飲んでもいいんじゃないですか?どうぞ」
ってコップとビール瓶を持って進めていた。
「いや、わたしは・・」
「大丈夫ですよ。ステファンさんはもうあんなに飲んでるし、少しくらいなら・・いいでしょ?」
「いえ、ほんとうに結構ですから、直美さん」
少しだけ俺たちよりも年上のはずなのに、いつもどおりの丁寧さだった。
「林さん、林さーん あんさーん」
和室からひときわ大きな声だった。それは、もちろんステファン神父だった。
「断らんと飲みなはれー いい日はみなで喜びを分かちあうもんでっせー どうにも酔って歩けんようになったら、わてがかついでいきまっせぇー」
1番担がれそうなオヤジがいう台詞でな無いような気がしていた。
「はぃ、それでは、少しいただきます」
直美はそれを聞いて、にっこり笑って林さんにビールを注いでいた。
注ぎ終わると、それを見ていた大きな関西弁の変おっちゃんは、巨漢を揺らして立ち上がっていた。
「みなさーん、聞こえますやろかぁー では、うちの、真面目だけがとりえの林もコップを手にしましたので、ひとことご挨拶させてもらいますわぁー えぇー 本日、純ちゃんやな、純ちゃんがこの家の立派な次女となりました。まー みなさんそれは、ご存知ですわなぁー えぇー まぁー その、なんですわ、今夜ここに酒くみかわしてるあんさんらは、この子の面倒みなけりゃいけませんわぁー まぁー 1番はここの親二人がみますよって、あんさんらは、まぁ たまには、ちこっと、世話せいってことですわ。そういうことでよろしいか。わかりましたんかぁー それに、先に長女になった弓子ちゃんも、ちこっと世話せぃってことですわ」
言いながらステファン神父は俺たち全員を真っ赤な顔で見ていた。いつもより、酔って、少し話がわかりづらかったけど、みんなが うんって顔をしていた。
「まぁー そういうこっちゃ。では、乾杯をもう1回やな。では、かんぱーい」
大きな声が部屋に響いていた。
ステファンさんの声だけではなく、全員の声だった。
静かな赤堤の住宅街にもきっと、大きな声がもれているはずだった。
叔母は、笑顔を見せながらちいさく涙をぬぐっているようだった。
直美の「いいねっ」って声も耳元で小さく聞こえていた。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生