夏風吹いて秋風の晴れ
林さんらしく
大場は食事を済ませると、
「てきとうに先にいってるから」
って、大場らしい口調で、背中を向けて下北沢の人ごみにまぎれていた。
その後、仕事に戻ると忙しい日になって、ほっとして仕事を終えたのは7時をとっくに過ぎた時間になっていた。
おかげで、豪徳寺の駅から歩いて、赤堤の叔父の洋館が見えたときには、8時にもうすぐって時間だった。
隣の教会をなんとなく眺めて歩いていると、後ろから声をかけられていた。その声は、林神父さんだった。こんな時に現れるのはこの人だった。
「柏倉さん、遅かったんですね・・・」
「なんだか、午後から仕事いそがしくなっちゃって・・」
足を止めて話をしていた。
「そうですか、もう始まってますよ、教会にいても笑い声が聞こえたりしてましたから・・まぁ、ステファン司祭の声がほとんどでしたが・・・」
「そうですか・・林さんもこれからですか?」
「はぃ、ちょっとやりたい事がありましたので・・・」
相変わらずいつもどおりの真面目な受け答えをされていた。
「そうそう、柏倉さんのお友達の大場さんがいらっしゃって、聖堂の椅子の掃除を夕方までしていただきました」
「あっ、きちんとやりました?昼間に会って、宴会に誘ったんですよ。でも、その前に教会でも行って、なんか仕事でもしないと、ステファンさんになにか言われるよって、言ったから、それでですよ。あいつの目的は今夜のごちそうと酒ですから、いいんですよ、こきつかってもらって・・たぶん、もう、隣に行ってるんでしょ?」
「はぃ、みなさんと一緒にいかれてます」
やっぱりだった。
「あっ、聞いていいですか?弓子ちゃん来て、何日かたつけど、どうですか?元気そうですか?」
林さんに聞くのって変なのかなぁーとも思ったけど、でも、この人って最適なような気もしていた。きっとそのはずだった。
「そうですねー」
やっぱりって口調で話し始めていた。
「そうですねー 最初は緊張してたみたいですけど、わたし達に元気に挨拶もしていただけますし、ご近所の方達にも挨拶をきちんとされて、お顔も覚えていただけてるみたいですね。それに、おかーさまも、失礼な言い方に聞こえるといけませんが、生き生きとしてらっしゃいますよ、毎朝にお墓にいらっしゃる時も、なんとなくそう見えますが・・それに、夕方にお買い物帰りをお見かけしますが、その時もお顔はとてもいい表情ですよ。わたしが、言うのも変でしょうが・・・」
やっぱり、この人に聞いて正解のようだった。
でも、なんだか、俺のこともこうやって観察してそうで、それはそれで、ちょっとだった。
「そうですか・・叔父さんはどうですか?」
「そうですねー、お帰りが早いですよ、早いといっても、お忙しいのでしょうから、夕方というわけにはいかないようですが・・・日曜はずっと家にいらしたようですね」
絶対この人の隣になんて住みたくないなって思いながら聞いていた。
なにからなにまで知られそうだった。
「わかりました。これからも よろしくお願いします」
「いえ、こちらこそお世話になっておりますので・・では、まいりましょうか?」
「はぃ」
林さんにうながされて、足をすすめていた。
「で、今夜は何人くらいなんですかねぇー」
「そうですねー わたし達も全員おじゃまさせて頂いてますから、15人ほどではないでしょうか?」
「そんなに?」
ビックリして声を出していた。
「ええ、ですからわたし達若い者はご遠慮しようとお話しましたら、ステファンさんに怒られまして、そんなことで申し訳ありませんが、お邪魔させていただきます」
「いえいえ、にぎやかでいいじゃないですか・・ゆっくりやりましょうよ。叔母も叔父も好きですから、そういうの」
「はぃ、もうしわけありません」
隣の洋館にたどり着くと、そんなに声は外にはもれていなかったけど、にぎやかそうな気配は充分伝わってくるようだった。
「おじゃましまーす」
声を出しながら、家のドアを開けて、中にだった。
にぎやかな声がいっぱい聞こえてきていた。
すぐに出てきたのは、直美だった。
「遅かったなぁー、あっ、林さん、早く上がってください、お席ご用意してありますから、さぁ、どうぞ・・」
俺の少し後ろにきちんと立っていた林さんに、直美が俺より先に上にあはるようにうながしていた。
林さんは、遠慮がちだったけど、それにこたえて、靴を脱ぎ、中にだった。玄関は狭くなかったけど、靴がいっぱいあふれていた。
「どう?」
「えっ?うん、いい感じ」
「そっか、ならいいや」
「うん、いい感じよ」
直美の笑顔にきっとうそはなさそうだった。
短い言葉だけど、それで充分こっちに伝わっていた。
きっといい感じのはずだった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生