夏風吹いて秋風の晴れ
大人と子供の間で
大場が持ってきたお土産の「ミミガー」はけっこう油っぽかったから、食べながら麦茶をだれもが お代わりをしていた。
「で、なにか用あるわけ?朝早くから・・」
会社が始まるそばからだったから、どっかりと隣に座っている大場に聞いていた。川田さんは、もう、きちんとお客様と向き合うカウンターに座って事務処理を始めていた。
「うーん たいしたことないけど、どうかなぁーって・・」
「どうかなぁーって なんだ?」
机の前に広げた書類に目を通しながらだった。明日は店長がやってくるし、代わりに俺が休む事になっていたから、わかりやすく伝言を残して引継ぎの準備をしないといけなかった。
「なんつーの、ほら夏樹だけ、帰っちゃったでしょ?田舎にさぁー・・・で、俺も柏倉も直美ちゃんもこっちなわけじゃん。沖縄でさぁー なんつーの、ほら、少し昔を懐かしんだりしたわけさ。柏倉もさ、こうして仕事なんか真面目にしちゃって、昔みたいに海こないじゃん。で、顔見たくなったわけさ」
長めの説明だったけど、あんまりピンとはこなかった。大場は俺のことばかり言いたそうだったけど、俺からすれば、大場だって昔のように波乗りばかりしている大場ではなくなっていた。この夏休みは、前から夏樹のいる沖縄に行くっていってバイトをしないでいたけど、それまでは、ずーっと続けていた塾のアルバイトを真面目にしていたし、毎日のように顔を会わせていたのは、昔の事で、3年生になってからは通っている大学も違っていたし、会うのは月に、2回程度って感じになっていた。1番の原因は、お互いの忙しさってよりも、夏樹の住んでいたマンションは俺の家のそばだったから よく大場は俺のところにも顔をだしていたけど、その夏樹が学校を卒業して、沖縄に帰ったことのはずだった。
「それで、顔見に来たわけ・・朝から・・」
「ま、暇だったわけだ・・海に行く元気はさすがに疲れてなかったわけだ・・」
真っ黒な顔から白い歯を見せながら笑いながらだった。
「なるほどね、で、夏樹は元気だったんでしょ?」
「そりゃ、元気だった。よろしくって言ってた。遊びに行きたいんだけどなかなかねー って。直美ちゃんには電話とかしてるみたいだったな。よろしくって言ってくれとは言われたけどな」
「たまに、電話で話してるみたいだよ」
何度か、夏樹と話しているのを見かけたときがあった。
「そっか、うん」
「知ってるくせに 大場だって・・」
遠くの地元に帰ったからって、夏樹は大場とはもちろん恋人通しのはずだった。
「で、さっきも聞いたけど2人だけなの?店長とかは、どっか外にお客様案内でもしてるの?」
「今日は 2人なんだよ」
「へー めずらしい。じゃー お茶も外にいけないわけ?」
「いけるわけ無いじゃん。てか、話ならここでもいいだろ・・」
「まー そうだけど・・」
何か いいたそうな顔の大場だった。
「なんだよ・・」
大場に聞いていた。
「いやさー 柏倉って、ここに就職しちゃうわけ?」
「はぁ・・就職の話なわけ?」
ちょっと、想像とは違っていたので、すこしだけビックリだった。
「もう3年生の秋が、すごそこだし・・」
「すぐそこって言ったって・・どこか行きたい会社でもあるのか?」
「それはないけど・・・」
「ふーん」
大場は、まだ言いづらそうにしていた。
「で、柏倉はどうすんだ?やっぱりここか?それとも、ここの親会社に入っちゃうのか?」
「全然考えてないけど、ここには入んないよ、ヤダろ、めんどうくさくて・・」
「めんどうじゃないだろ・・叔父さんが社長なんだから・・そのためにここでバイトなんじゃないのか?」
「そのためじゃないぞー 足骨折して退院した後に、松葉杖でもバイトしないと食えないから、ここで働き出しただけで、そんな気はないんだけど・・まぁー 言われてもしょうがねーけど・・」
大場もかよ、だった。
「でも、あの叔父さんはそのつもりだろうが・・」
「そのつもりだろうが、なんだろうが、こっちは、そうじゃないんだってば・・・」
言ってはいたけど、きちんとその辺の話を、弓子ちゃんの件がひと段落したら、叔父とは話さないといけないとは思っていたことだった。いつまでも、それぞれの思いをぶつけないのはいけない事のはずだった。
「あのさ、沖縄に行こうかなって 言ったら・・どうよ・・・」
「はぁ・・・どういう意味よ?」
「卒業したら、沖縄によ」
「だから、どういう意味だってば・・」
「向こうに行こうかなって事だろうが」
もともと、声の大きい大場が、ちょと、大きめにだった。
「わかるけどさぁー」
俺もすこし、声が大きくなっていた。
2人で、少し沈黙になっていた。
夏樹は女の兄弟だけで、長女だったから沖縄に帰っていた。だからといって、大学を卒業したら、沖縄に行こうかなって言う大場の気持ちはわかるけど、簡単に、うん、そうかって言える問題じゃなかった。
でも、沖縄帰りの大場が、俺に言いたい気持ちは充分にわかるつもりだった。
不動産屋の会社の中に、背広姿と顔が真っ黒な大学3年生の、子供と大人が同居している俺たちだった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生