夏風吹いて秋風の晴れ
走ったあとに、真っ黒な
たぶん、きっと、間違いなくって寝る前から思ってたけど、やっぱり、きちんと金曜の朝は直美に起こされて、ほんの少しだったけど、マンションの周りを走らせられていた。
俺のジャージを片手に持った直美に起こされて、走ったコースはマンションから真っ直ぐの道を、農大通りまで行って折り返しだった。往復で20分を切る距離だったけど、それでも久々の俺には、けっこうな距離だった。
走ってるときも直美は、朝からご機嫌そうで、たまに笑顔まで見せていた。
部屋に戻って直美を先にシャワーに入れて、後から交代で簡単に冷たいシャワーを浴びてもどると、俺が寝ている間に朝食の下準備をしていたのか、おいしそうな食事が、もう並んでいた。
「いただきまーす」
声をだして、直美の自慢のみょうがも味噌汁から先に口にしていた。
まっ、今日はこんなもんでいいよね、ちょっとだけだったけど、走ったの・・」
直美がうれしそうに、満足げの顔で俺を見ながらだった。
「うん、充分でしょ・・でも、朝もけっこう暑いのな・・まだ・・」
ちょっとだけだったのに、けっこううっすらと汗をかいて走っていた。
「もう少し、早起きのほうがいいのかなぁー 6時前とかがいいのかもよ」
えっー って感じだった。
「6時前・・」
「それぐらいの時間じゃないと、朝からあわただしいでしょ」
たしかに、そうかもしれなかったけど、何時に起きたらいいんだろうって思っていた。
「やっぱり、夜に走ったほうがいいんじゃないの・・」
ご飯を口にしながら、夜の方がいいかもってだった。
「でもね、夜はきっと、なかなか走れないかもしれないから、朝のほうがいいよ、きっと。お酒飲んじゃったら走れないでしょ?でも、そのためにビール飲むのをあきらめると、悲しいでしょ?」
「えっ?」
「だから、朝のほうがいいよ、夜よりずっと、気持ちいいって・・」
「そっかぁー 」
返事をしたけど、もう、どっちでもいいやってなっていた。慣れればどうってことないことかもしれなかった。でも、朝かぁー だった。
でも、直美がつくった朝食は、今朝もおいしかった。直美も俺もしっかりと朝から食事を取っていた。
食事を終えると、いつもは少し部屋の中でゆっくりしてからバイトに出かけていたけど、今日はあわただしく部屋をでないと遅刻しそうな時間だった。それでも、きちんと直美にキスして出かけていた。直美にとって、誰かがいたり、風邪をどっちかが引いてるときは仕方ないけど、それ以外では決して忘れちゃいけないルールのようだった。
下北沢のシオンコーポレーションに始業ギリギリに出社すると、川田さんは会社の周りの掃除も終ったらしく、机に座って入れたてらしいコーヒーを飲んでいた。
「おはようー ごめんね、遅くて・・」
「いえ、いえ、おはようございます。コーヒー飲みますか?」
「いや、自分でやるから・・それより、今日は2人だけですけど、よろしくお願いします。基本的には部屋の案内は俺がしようかな・・それでいきます。えっと、本日の朝礼は以上です」
脱いで手に持っていた背広をしまいながら、いいかげんな朝礼になっていた。
「はぃ。わかりました・・」
返事を聞いて、コーヒーより冷たい麦茶がよかったから冷蔵庫から取り出してそれを一気に飲みながら机に座るとメモ紙が電話に貼られていた。
「あれ、これって今朝?」
文面は、『これから行きますので、大場様より』 って書いてあった。
「あっ すいません、15分前ぐらいだと思います。お客様じゃないと思うんですけど・・」
「うん、友達だから・・川田さんも会ったことあるんじゃなかったけ?」
川田さんがこの会社に来てからも、大場は何度か、短い時間だったけど来た事があったはずだった。
「あっ、真っ黒な人ですか?」
「うん、そうね、真っ黒な人・・」
大学は違ったけど、サーフィン仲間の大場は、いまでもよく稲村ガ崎や、勝浦の海にも行ってたから、たしかに日焼けで真っ黒な人だった。川田さんの言い方は少しおかしかったけど、正解だった。
「なら、わかります。初めて会ったときに、「新人さんねー よろしくー 」って明るかったですから・・」
大場らしかった。
噂話をしていると、窓の外には、もう大場の顔があった。
見ると、手でなぜか入っていい?って聞いてるみたいだった。うなずくと、
「朝から暑いねぇー なんか 東京の暑さはヤダねー ジメジメしちゃって・・」
って大きな声を出しながらだった。
「麦茶飲むか?久しぶりだな、大場・・」
「おっ いいねー 今、マックでアイスコーヒー飲んだら、甘くて余計に喉渇いちゃった」
言いながら、大場は勝手に奥まで進んできて、俺の隣の椅子にちゃっかり座っていた。
「はぃ」
麦茶を出すと、うれしそうに、すぐにコップに口をつけていた。
「うーん。やっぱり日本人は夏は麦茶だわ。あっ、お土産・・」
言いながら肩から提げてきたカバンを開けて机の上にいくつかの袋を無造作に、広げていた。大場らしかった。
「ずいぶん、連絡ないと思ったら・・何処に行ってたんだぁー・・・あっー」
目の前の袋は沖縄のお土産だった。
「あっー って 俺言わなかったっけ?夏樹んとこに行くって・・」
大場の彼女で、もちろん俺も仲が良かった沖縄の夏樹のことだった。短大でこっちに来ていたけど、卒業と同時に実家にもどっていた。もう半年が過ぎていた。
「聞いてないと思うけど・・」
「そうかぁー 真面目に聞いてなかっただけじゃねーのか・・・あっ、今日店長いないの?」
「今日まで夏休みだから・・」
「そおか あれ、2人だけ?えっと・・・かわ・・なんだっけ?川田さんだっけ?」
大場が、俺たちの話を聞いていた川田さんのほうに顔をむけながらだった。
「川田です」
「そうそう、ごめんね、えっと、これお土産だから、休憩時間に食べてね・・まぁー いつでもいいけど・・でね、これってなんだかわかる?」
一つの袋を持ちあげながら大場が聞いていた。
「わかんないでしょぉー よし、食べちゃおう」
いいながら、袋を無造作に手で大場は開けだしていた、おまけにつまんで、俺と川田さんに、それを差し出していた。
「おいしいんですか?これって?」
川田さんが不思議そうな顔をして聞いていた。
「うまいよぉー けっこう。いいから食べろって」
おししそうな匂いがして、すぐに口に運ぶと、やっぱり、けっこうおいしかった。俺は何度か夏樹のお土産で食べたことがあった。
川田さんは「なんだか、わかんないですけど、おいしいですね」って口にしていた。
「では、発表です。名前をミミガーって言います。ミミガーのミミはこの耳ね。まぁ、俺のじゃなくて、ブタさんね。うまいでしょ?」
「えっ」って川田さんが続いていた。
「おいしいでしょ?これがまたビールに合うわけよ。ここじゃ飲めないだろうから、帰りに持って帰って、家でビール飲んじゃってね」
大場は、朝からも、いつも通りの大場だった。顔は真っ黒だった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生