夏風吹いて秋風の晴れ
思わず顔を
小田急線の豪徳寺の駅からは、世田谷線に乗り換えて一つ目の駅が叔父さんの家だったし、たいした距離ではなかったから歩いていた。
商店街を抜けると、すぐに静かな住宅街で、まだ、夜って時間じゃなかったけど、家からもれている明かりたちは、きちんとそれぞれの家庭のぬくもりがあふれているようだった。
ステファンさんの、聖ラファエル教会の屋根の十字架が見えて、その先に叔父の家だった。もともとは、聖子叔母さんの生まれた家で、古い洋館の家だった。
洋館の2階には明かりは灯っていなかったけど、1階の部屋の明かりは、明るく外にもれていた。何も無ければ、きっと直美はもう、その中にいるはずだった。
門を開けると、直美がバイト先から乗ってきた真っ赤な自転車が、玄関の横にきちんと置かれていた。相変わらずの自転車好きだった。
それも、不思議だったけれど、直美は自転車に乗っていて他の自転車に抜かれるのが嫌いらしく、仮にも子供や、叔母ちゃんになんか抜かれようものなら意地になって抜き返していたから、見ているこっちは、おかしいやら、ハラハラやらだった。
そのくせ、天気がいいと、「いい空だなぁー」なんて言ってのんびりと自転車を走らせていたから、それはそれでよくわからなかった。
「こんばんわぁー お邪魔しますよぉー」
玄関を勝手に開けて、家の中に向かって声を出していた。話し声がにぎやかだったから、少しだけ、なんだろぅなって思いながらだった。でも、すぐに見慣れない靴を見つけたから、直美以外にも誰かお客様が来ているようだった。
「劉だ・・」
直美が言いながら玄関に向かって、こっちに歩いてきていた。
「待った?」
「20分ぐらい前かな・・」
「そっか・・誰か来てるんでしょ?だれ・・」
小声で直美に聞いていた。
「えっとね、弓子ちゃんがいる施設の人が・・」
「へぇ」
ちょっと、予想外だったからビックリだった。
「まぁ、いいから あがりなさいよ・・もうすぐ晩御飯ですから・・お腹空いたでしょ」
「はぃ、そりゃもちろん」
いいながら、靴を脱いでリビングに向かって直美と歩いていた。どんな人だろうって考えながらだった。
部屋に入ると、叔母が、
「ごめんなさいね、劉ちゃん」
叔母が、和室から出てきて頭を下げていた。
「いいえ、ご飯を食べに来たようなもんですから、こっちこそ」
言いながら夕飯ってなんだろうって、自然と部屋の匂いをかいでいる俺だった。
「こっちに、座って、直美ちゃんも・・」
叔母にうながされて、二人で和室に入ろうとすると、立ち上がった女の人が、
「星野 瞳です」
って、こっちに向かって挨拶を丁寧にだった。
あわてて、「柏倉です」ってこっちも頭を下げていた。25、6歳の女性だった。施設の人って直美に聞いて、頭の中で、勝手に50歳くらいの人を想像してたから、ちょっとあわてていた。
「弓子ちゃんのところで、施設の面倒を見てらっしゃる方の娘さんなのよ・・」
叔母が、こっちに向かってだった。
「はぃ、今回は、いろいろ、柏倉さんにも、お世話にもなり、ご面倒をかけてるみたいで・・」
「いや、俺は・・なにも・・」
「いえ、昨日も、そちらに弓子ちゃんを泊めていただいたみたいで・・」
「そうですけど、いっしょにご飯食べただけですから・・」
あんまり、丁寧なんで、こっちが恐縮だった。
「あっ、座ってください」
言いながら、自分も座ると、星野さんも、また座りなおしてくれていた。
和室の座卓を挟んで、俺の隣に直美が座って、向こう側に、星野さんだった。
「すぐに、出来るから、飲んでて・・星野さんも、直美ちゃんも」
叔母が、ビールとグラスを運んできていた。一緒に、緑が鮮やかな、冷えた枝豆もだった。
「すいません、少し、わたしも、頂いちゃいますよ」
叔母に言うと、直美がコップを星野さんに、きちんと先に差し出して、ビールの栓を抜いて、どうぞって、勧めていた。
「すいません」って星野さんが頭をさげて、直美が、「いいえぇ」って言いながらコップにビールを注いで、その後に、俺と自分のコップに直美がビールをおいしそうに注いでくれていた。
叔母は台所だったけれど、3人で、いただきましょうって 感じでコップに口をつけていた。ほどよく冷えたビールは格別だった。直美も、そんなにいつもは飲まないのに、自転車をこいで喉が渇いていたのか、おいしそうな顔で飲んでいた。きっと、あと10分もしないで、ほんのり顔が赤くなるはずだった。それはそれで、かわいいいけど、だった。
「なんか、言ってましたか・・弓子ちゃん?」
遠慮がちにビールを口にしていた星野さんに聞いていた。
「午前中に帰ってきて、部活にその後に出かけたんですけど、少しだけ話た雰囲気では、昨日とか、おとといより、落ち着いて明るくなったような気がするんですけど・・」
しっかりと、した口調で説明されていた。
「さっきも、その話でたんだけど、今日は、元気みたいよ、弓子ちゃん」
直美も顔を、こっちに向けて、俺に説明をしてくれたいた。
「そっか、なら、いいじゃん。良かった」
帰ったあとの、弓子ちゃんは、少しだけ心配はしていたことだった。
「あっ、部活に行ったんですよね、弓子ちゃん・・」
「はぃ、たぶん今日が最後の日だと思うんですけど・・」
星野さんが直美に答えていた。
「思い出したけど、昨日の晩に きちんと、好きな人に、新しい住所を渡してきなさいよって 言っちゃったんだけど、ちゃんと出来るかなぁー 弓子ちゃん」
直美が、なんか、うれしそうな顔で言って、俺は、そうだ、確かに直美が言ってたって思いだしていた。
「どうかなぁー あの子、はっきりしてて、活動的なんだけど、そっちは、小さい時から、なんとなく、苦手みたいですから・・」
星野さんが、少し笑いながらだった。
たしかに、見かけも話し方も、弓子ちゃんはボーイッシュって感じの女の子だった。でも、直美とも話していたけど、内面はやっぱり、中学生の女の子そのものって感じだった。
「がんばってないかなぁー あっ、この時間だから、もう頑張っちゃった後かなぁー」
直美が、俺のほうを見ながら、ビールを飲みながらだった。時間は10分も経ってはいなかったけど、コップのビールがなくなりそうだったから、もう、ほんのり顔の直美だった。
「お待たせしちゃったわねぇー」
叔母が、大きなお皿に、お刺身の盛り合わせを運んできていた。
あぶなく、お客様がいるのに 「うまそぉー」っていいそうだった。
「てつだいまーす」って直美が席をたつと、わたしもって 星野さんもだった。置いてきぼりの俺は、コップにビールを注いで、枝豆を口にほうりこみながら、誰もいなくなったから、お皿の上のお刺身に顔を近づけて覗き込んでいた。中トロの鮪を見ながら、結局、我慢できずに、ちっちゃな声で「うまそー」ってだった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生