夏風吹いて秋風の晴れ
直美が話して、食べて
「わたしって、ほんとに、今のところから、叔母さん家にいってもいいんですか・・」
俺と直美の話をきちんと聞いていた弓子ちゃんが口を開いていた。ゆっくりと静かにだった。
「いいに、決まってるじゃない。今いるところも、弓子ちゃんにとっては家族かもしれないけど、新しい家族もきっと、もっと、いいと思うよ」
直美だった。
「うん、そう思って決めたんだけど・・・」
「だったら、そうしなさいよ、きっと、いいこといっぱいあるはず・・」
「いままで、小さい子達を施設から送り出してきた時は、幸せになるね、よかったねって思って送り出してたんだけど、自分がそうなると、なんだか、一緒にいる子たちに悪いって、いうか・・・表現うまく出来ないんだけど・・」
「うん。弓子ちゃんがそう思って、いままで、いろんな子たちを送り出してきた気持ちって、正直な気持ちだったんでしょ? だったら、悩んでる気持ちはわかるけど、自分の番だと思って、勇気出さなきゃ」
直美は言葉を選びながら、しっかりと大人の話を中学生に向かって話していた。静かに俺は2人の会話を聞いていた。
「わかってるんですけど・・」
「じゃぁー 引っ越しておいで。純ちゃんのことは、それからでも、考えよう。住んでるお家が違っても、気持ちまで別れるわけじゃないんでしょ?」
「はぃ」
「だったら、大丈夫よ、弓子ちゃんが純ちゃんたちと今までどおりに施設で一緒に暮らす事だけが、純ちゃんにとって1番の幸せって事じゃないはずだと、わたしは思うよ。 純ちゃんの今日や、明日のことだけを考えずに、これからのことを考えるとね」
「はぃ」
短い返事だったけど、なんとなく、弓子ちゃんのけわしかった瞳が、少しだけ緩んだように見えていた。
「以上が、ちょとだけ、おねーさんの意見ね」
いい終わった直美の視線と眼が合っていた。うんってうなずいた俺の顔をみて、にっこりだった。
「はぃ、土曜日には、きちんと越してきます。純ちゃんとは話をします。ちいさいからわからないかもしれないけど、きちんと話します」
「うん。話せばわかるって歳じゃないけど、きっと、弓子ちゃんの気持ちは、純ちゃんが小さくたって、わかるはずだよ」
「はぃ、そう思ってはなします」
「うん、じゃぁー お終い。よかった」
ほっとしたのか、笑顔を直美が見せて、一気に大好きなコーラを飲み干していた。
「あっ、忘れてた、弓子ちゃん、シフォンケーキって食べられる?まだ、お腹いっぱいかなぁー」
「食べられます」
うれしそうな返事だった。それを聞きながら、俺は立ち上がって冷蔵庫に向かっていた。
「俺も、食べようっと・・」
「おっ、劉、きがきくねぇー わたしのも弓子ちゃんの分もね」
「あいよぉー」
今日の朝に早起きして、「なんだか、急に食べたくなっちゃった」って直美が言いながら、作って、冷蔵庫に冷やしていた抹茶のシフォンケーキだった。
テーブルの上にケーキの乗ったお皿を三枚だすと、直美が、
「わたしが今朝つくったのよ・・去年から凝りだして、何回もつくって研究したから、おいしいよぉー その辺のダメなケーキ屋さんなんかには負けないんだから」
「おいしそうです」
「はぃ、食べて」
直美は、お皿を弓子ちゃんの前に近づけていた。
話を聞きながら、俺はもう、ケーキを口にしていた。もともと、市販のシフォンケーキって好きだったけど、直美がつくったシフォンケーキはもっと好きだった。
「おいしいです。すごいですねー こんなの出来ちゃって・・」
弓子ちゃんが口の周りに少しクリームをつけながらだった。
「これって、簡単よぉー 最初は失敗してたけどね。今度教えてあげるから、一緒につくろうね」
「はぃ、絶対つくります」
「うん、今日のは抹茶だけど、紅茶とかもおいしいよー いろんなの作れるから好きなんだ、これって・・それに、これって、大きさの割りに軽くって好きなんだ」
直美も言いながら、うれしそうな顔でフォークを口にしていた。
「はい、わたしもシフォンケーキって大好きですから」
「そっかぁ、良かった。でもね、料理なら赤堤の叔母さんが上手なんだよぉー わたし、いっぱい料理教えてもらったもん。手際よくなんでも、おいしいんだから・・弓子ちゃんも一緒に、今度教わろうね」
「へー そうなんですかぁー わたし、全然ダメかも・・」
「大丈夫よ、すぐ出来るようになるって・・」
「はぃ」
おいしかったから、ケーキを夢中で食べて、2人の会話を聞いていたけど、5分前まで、真剣な話をしていたのがウソのような会話だった。
「あっ、コーラ飲む?」
アイスコーヒーがなくなっていたし、台所に向かっていた。
「お願い」
直美に言われて、コップを受け取り、コーラを注いでテーブルの上に置いてから、自分にはコップを変えて麦茶を入れていた。
それと、静かに冷蔵庫から、もう一つケーキをお自分の皿に乗せていた。
「あぁー 劉、まだ、食べるんだ・・・」
「いいじゃん、まだあるし・・」
「じゃぁ、これに最後の1個のせて・・」
直美がお皿をだしていた。それに、最後の1個を乗せて、出された直美の手に渡すと、
「弓子ちゃん、半分ずつね」
って2人の真ん中の位置にお皿を出していた。
「はぃ」
元気な返事の弓子ちゃんだった。俺は、立ったままでケーキを口にしながら、それを見ていた。
しっかりと話したあとだったけど、楽しい夜だった。
作品名:夏風吹いて秋風の晴れ 作家名:森脇劉生