サンタがやってきた
もう一度計画を見直して、その瞬間をイメージする。準備した物を確認する。
これで大丈夫だ。上手くいく。
僕は布団に入って寝る準備をした。目覚まし時計を十九時にセットする。今から大体六時間くらいの睡眠だ。これだけ寝れば深夜に起きていても寝ることはないだろう。
僕は眠りについた。
予定通り十九時に起きて晩ご飯を食べようと一階に下りる。
「あら? ずっと寝ていたの?」
夕飯の支度をしながらお母さんが言った。僕も少し手伝う。
「うん。凄く眠たくて」
不安に思いながらも話を合わせた。
「あ、お父さんの分もね。今日は早く帰ってくるから」
茶碗を二つ取ろうとした僕にお母さんは笑顔で言った。お父さんは、いつもは夜遅くに帰ってくる。だから僕とお母さんで晩御飯を食べてしまうけど、僕の誕生日だとかクリスマスとか、何か特別な日には必ず早く帰ってくるのだ。
「あら、帰ってきたかしら」
お母さんが言うと、丁度お父さんがリビングのドアを開けた所だった。
「ただいま、ケーキ買ってきたよ」
お父さんが手に持った四角い紙袋を僕に渡した。やや重く、冷たい感触が伝わる。
「随分と大きなケーキを買ってきたのね」
お母さんが嬉しそうに言った。
「ああ、マサルが喜ぶと思ってね」
僕はケーキの箱を紙袋から出してテーブルに置いた。
「お父さん、クリスマスツリーは出さないの?」
クリスマスツリーは毎年必ず出していた。屋根裏から分解されたツリーを下ろして、僕とお父さんで組み立てるのだ。そのツリーを眺めるのが僕は好きだった。
「おう、それじゃあ出すか」
お父さんと僕はにかっと笑う。
「ご飯を食べてからにしてちょうだい。冷めちゃうわよ」
「大丈夫だよ、すぐ済むから。それに、雰囲気がでないだろ」
「うーん、それもそうね」
その後、お父さんと僕で組み立て式のクリスマスツリーを屋根裏から下ろして組み立ててリビングに飾った。僕はしばらくそれを眺めて、今年もクリスマスが来たことを改めて実感した。
やけに豪華な晩御飯をみんなで食べて、ケーキも半分を三人で食べる。残った分はいつかのおやつになることだろう。
いつもとは違う楽しい時間も終わって、僕はベッドに潜り込んでいた。
時間は十二時。いつもは十一時には寝てしまうが、昼に寝た分眠たくはならなかった。
精一杯寝た振りをしがらその時を待つ。窓は鍵を掛けたから入って来れないだろう。だとすれば、部屋のドアからしか入れないはずだ。
もう一度頭の中でサンタさんを捕まえる瞬間をイメージする。まずは眩しいライトを目に浴びせて視界を奪う。この攻撃が成功すれば、後は腹を思いっきり蹴ってお父さんを呼べばいい。
でも、そのチャンスは一度しかない。僕は手のライトをぐっと握り締めた。
イメージしながら時間は過ぎて、ついに二時になった。その間、余りの暇にゲームに手を伸ばしそうになってしまったが、計画のために我慢した。
そんな事を考えていると、部屋のドア越しに階段を上がる音がぎしぎしと伝わってきた。
来た。
心の中でそう思う。そして僕は機会を待った。
息を落ち着かせて寝ている振りをする。
部屋のドアが開いた。
僅かに聴こえる足音が、僕とサンタの距離を教えた。
まだ遠い。もっと引き付けてからだ。
サンタはゆっくりと近づいている様で、足音の間隔が長い。事前の調べで、ドアからベッドの距離は五歩くらいだと分かっている。後一歩。
次の足音で、僕は手に握ったライトのスイッチを入れた。勢い良く布団を跳ね除けて、サンタの目に向ける。
「うおっ」
サンタのうめき声が聴こえた。ライトの眩しさにサンタの顔は確認しきれなかったけど、怯ませたのは確かだ。
僕はサンタの横腹に横から蹴りを入れる。 手応えは十分あった。
僕はベッドから下りて部屋を出ようとする。後はお父さんを呼べばいい。僕はサンタさんを捕まえたんだ。
「――!」
怒鳴ったような大きな声が僕の背中に刺さり足が止まった。
恐る恐る振り向くと、暗い中でも背の高いシルエットがあるのが分かる。手には何か袋の様な物を持ち、僕に近づいてきた。
恐怖で足が全く動かない。
ある程度近づいたその人間は、部屋の電気を点けて床に膝を着いた。
「驚かせてごめんな、マサル」
お父さんだった。パジャマを着ていて、手に持った赤い紙袋はリボンで装飾されていた。
お父さんは優しい笑顔で僕を見つめると、手を取り抱き寄せる。
「メリークリスマス」
耳元でお父さんに囁かれた途端、僕の目から涙がこぼれた。
サンタクロースがいなかったのを僕は心のどかで分かっていたのだ。でも、気づきたくなかった。いてほしいと願った。だってそれは僕の憧れの様な存在で、僕に夢を与えてくれる存在だから。
僕は、お父さんの服をぎゅっと握った。
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十二月二十五日の深夜二時。
僕は息子の部屋にそっと入る。手には赤い紙袋。息子の寝顔を見ていたら、あの時の事を思い出して顔がほころんだ。
「今度は僕がサンタクロースだね」
息子には聞こえないように小さく呟いた。
赤い紙袋を息子の枕元に置こうとする。
瞬間、視界が眩しい光で包まれたのと共に僕の横腹に衝撃が走った。
「お父さん! サンタさん捕まえたよ!」
息子の声が聞こえた。
仕方ないね、父さん。だって親子なのだから。