サンタがやってきた
十二月二十四日の夜。
その日は待ちに待ったクリスマスだ。
世界中の子供達が期待と喜びに包まれて眠りに着く。
僕一人を除いて。
僕はサンタクロースに疑問を持っていた。
物理的に考えて、一晩でプレゼントを届けるなど不可能なはずだ。それもソリに乗って空を飛ぶなんて常識を逸している。
何としても正体を突き止めてやる!
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「マサル! そろそろ起きなさい」
下の階からお母さんの声が聞こえた。
僕は返事をしてベッドから立ち上がる。手に持ったゲーム機を専用のケースにしまった。
実は朝の七時には起きていて九時までゲームをしていた何て知られてはならない。もし知られてしまえば、自分の部屋を取り上げられてしまうだろう。小学三年生でようやく手に入れた部屋を手放す訳にはいかなかった。
僕は机に置いてあるノートを引き出しに入れる。このノートには僕のサンタクロースを捕まえる計画が書いてある。まだ途中だけれど、もうすぐ完成する。
僕が部屋を出ると、冷たい冬の空気が体を包み込んだ。
思わず身震いする。
片腕を擦りながら一階に下りた。お母さんが台所で皿を洗っている。
「おはよう」
僕は覚めきった目で言った。
「おはよう。朝ご飯できてるから早く食べて」
僕はご飯が並ぶ机の椅子に座った。
正面に掛けられたカレンダーを見る。今日は十二月二十日。あと四日でクリスマスだ。
僕は卵焼きを一つ口に運ぶ。
「そろそろクリスマスね。マサルはサンタさんに何をお願いするのかしら?」
お母さんが一人言のように呟いた。
「モンスターバトル2がいい」
聞いて呆れたように声を洩らすお母さん。
「またゲーム? ゲームばかりしているとサンタさんもプレゼントくれないわよ?」
脅す様に言う。
「友達も皆買うから欲しいんだ」
僕は小学校の友達と約束してその新しいゲームを買おうと決めていた。皆と通信して遊ぶのだ。
「持って来てくれるといいわね」
素っ気なくお母さんは言った。
「サンタさんにはどうやってお願いするの?」
何気なく訊いてみる。
「……お父さんが頼んで来てるれるわよ」
お母さんは苦い顔で答えた。あまり訊いてはいけないと思った僕は、残ったご飯をかきこんで部屋に戻った。
今日は小学校の友達であるタカシが遊びに来る。冬休みに入って僕もタカシも暇を持て余しているのだ。
僕はタカシが来るまで「冬休みの友」をしていた。一ヶ月ほどしかない冬休みの宿題の一つだ。夏休みより期間が短いのでこの本も薄っぺらい。休み最後の日にまとめてする必要もないだろう。
小一時間経ってタカシが来た。
「一人部屋いいなー」
自分以外の人を部屋に招き入れるのは初めてだった。タカシは羨ましそうに部屋を歩き回る。やがてヒーターの前に座った。
自分の部屋があるのは一種のステータスだ。何せクラスの半分の子はまだ自分の部屋がない。タカシもその一人だ。
「モンバトしようぜ」
モンバトとは、今小学校で流行っている「モンスターバトル」というゲームだ。三日ほど前に「モンスターバトル2」が発売されて、僕の友達は皆それをクリスマスプレゼントとしてサンタサさんに頼むのだと言う。
軽く返事してケースからゲーム機を出し、電源を入れる。
このモンバトは通信で相手のモンスターと戦わせたり、ゲーム内の強力なモンスターを協力して倒す事ができる。僕たちはその、いわゆる通信プレイに夢中だった。
「うわ、レベル高っ」
通信で僕のモンスターのレベルを見たタカシが言った。
タカシが驚くのも無理はない。僕は、暇なときにはこのゲームをやっているのだからそれ相応のレベルだ。
「一人部屋効果ってやつだな」
羨ましいのか妬ましいのか、どっちとも取れない口調でタカシは言う。
「戦ってみる?」
僕は一応訊いてみた。自慢ついでに負かしてやりたいという気持ちもあった。
「いや、いいよ。勝てっこないもん」
タカシは首を振った。
「じゃあ、レベル上げ手伝ってあげる」
僕は半ば強引に納得させて、タカシのモンスターのレベル上げを手伝った。部屋にかちゃかちゃとゲームを操作する音が響く。
「ねえタカシ――」
僕は頃合いをみて切り出す。タカシが目はゲーム画面のまま、「ん?」と言った。
「サンタさんっていると思う?」
僕の突然の問いかけにタカシの手が一瞬止まる。
「そうだなあ……いるんじゃない?」
そして再び動き出した。僕は適当な相槌を打ってゲームの世界に戻る。
「そう言えばさ、サンタさんってすごいよね」
タカシが言った。僕は、どうして? と訊き返す。
「だって夜の間にみんなの家を回ってプレゼントを配るんだぜ? すごいよ」
確かにタカシの言うとおりだ。今まであまり考えた事はなかったけど、言われてみれば不思議だ。
「これは俺のお兄ちゃんから聞いたんだけどさ」
タカシには高校生くらいのお兄ちゃんがいる。僕より背が高くて格好いいのだ。僕には兄弟がいないから羨ましかった。
「サンタさんは、別の国から来た特殊部隊なんだって。大人数で世界を回って、訓練のついでにプレゼントを配るんだってさ」
「でも俺ん家のお母さんはサンタさんにお願いするって言っていたよ」
「きっと、その特殊部隊に繋がる電話を知っているんだよ。それでクリスマスになったら家のどこかの鍵を開けておくんだ」
なるほど、それなら合点がいくかもしれない、と僕は思った。
「でさ、その特殊部隊を見た人は誘拐されて記憶を消されるんだってさ。マサルも気をつけろよ」
僕はドキッとした。サンタを捕まえる計画がもしかしたら、その特殊部隊に洩れているかもしれないからだ。記憶を消されるかもしれない。
「き、気をつけるよ」
僕が言った途端、ゲームからズギャーン、と音がして『ゲームオーバー』の文字が映し出された。
「あーあ。やられちゃった」
タカシが小さく呟いた。
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十二月二十三日。
僕は明日の夜に備えて準備をしていた。
タカシの言うように、サンタさんが特殊部隊だとしたら僕の計画が洩れているかも分からない。そこで、当初ロープで縛る計画を変更することにした。
相手が特殊部隊ならロープで縛る事など無理に決まっている。
ならば手は一つ。叩きのめすしかない。
いくら特殊部隊と云えども、不意打ちは予想外だろう。
決まりだ。新しい計画を早く練ろう。
それから二時間程部屋に篭って計画を完成させた。必要な物も揃えた。これでサンタさんを捕まえる事ができる。
捕まえた後の事は特に考えていなかった。ただ見たいだけなのかもしれない。
その日の夜、僕はお母さんに訊いてみた。
「明日サンタさん来るかなあ?」
「いい子にしていれば来るわよ。でも、夜遅くまでゲームしていたら来ないでしょうね」
お母さんは微笑みながらそう答えた。僕は、はにかみながら自分の部屋に戻って眠りについた。
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十二月二十四日。
朝から僕は落ち着きがなかった。