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家に憑くもの

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自分の思考に籠り始めていた健次郎は、裕子の発言で現実に引き戻された。
「ねえ、この家に一人でいる時間が一番長いのは、わたしなの。だから、わたしも正直言って、気持ち悪いわ。」
「だからと言って、常に見張りを置いておくわけにはいかないだろう。」
健次郎の言葉に、佳織が思い付いたように言う。
「そうだ、犬を飼ったら?大型で、誰か知らない人が家に入ってきたら、吠えかかってくれるような。」
「俺、レトリバーがいいな。ゴールデンじゃなくてラブラドールで。」
翔太も佳織に調子を合わせる。
「だめよ、犬なんて。わたしが動物嫌いなの、知ってるでしょ。」
裕子がぴしゃりと言う。確かに裕子は、犬も猫も、まったくだめだった。
「セコムを入れましょう。ホームセキュリティとか言うサービスがあったはずよ。」
裕子がきっぱりと言った。
「月々の費用が結構かかるんじゃないか?」
金銭に細かい健次郎が心配そうに言う。
「何百万円もかかるわけじゃないでしょ。そのくらい、わたしのマンションの家賃収入で賄うわ。」
裕子は、両親が遺した賃貸マンションを1棟持っている。
健次郎は反論の根拠を失い、消極的賛成の意味を込めて、小さく呟く。
「わかった。いいんじゃないか。」
「だったら、早速申し込んで。」
裕子が健次郎に言う。
「いいけど、たぶん、こちらの要望を聞いて、現地調査したうえでないと、具体的な警備内容とか、費用とかは出て来ないと思うよ。」
「だから?」
「警備の仕様については、3人で決めてくれ。それから、現地調査の立ち合いも、俺は無理だから。」
「いいわ、それはこちらでやるわ。」
裕子は、成り行きを見守っていた佳織と翔太にも確認する。
「と言うことで、いいわよね、二人とも。」
「それって、家の中のあちこちにカメラとか、センサーとかが付くってこと?」
佳織がやや不満そうに尋ねる。
「そんなことしたら、プライバシーとかはどうなるの?」
裕子は取り合わない。
「仕方ないでしょう。他に良い方法があるの?そのくらい我慢しなさい。」
「俺の部屋とか、風呂とかトイレにカメラ付けられたら、いやだな。」
翔太が言う。
「まさか、そんなところには付けないわよ。」
裕子が答える。
「おまえの部屋には付けてもらった方が良いんじゃない?変なことしたら、すぐにわかるように、わたしの部屋にモニターを置いて。」
元気を取り戻した佳織が翔太を弄る。翔太には姉の冗談を無視して、父に話しかけた。
「俺、足が直れば、次の大会にはベンチ入りできるかも知れないよ。」
しかしその言葉は、父の健次郎の耳には届かなかった。健次郎の思考は、既に自宅を飛び出して福岡のマンションに舞い戻っていた。

福岡に戻ったら、これからのことを真由美にどう説明しようか。離婚のことは、まだ妻に言い出していない。家の資産はほとんどが妻が親から相続したもので、妻の名義になっていて離婚しても財産分与は期待できない・・・なんて絶対に言えない。むしろ、裕子に自分と真由美との関係が気付かれたら、慰謝料を毟り取られるかも知れない・・・

健次郎の思考は、袋小路を彷徨っていた。

作品名:家に憑くもの 作家名:sirius2014