お前となら悪くない
「あ、かまくら作りたいなぁ」
いくつかビスケットをつまんでから、思い出したように駈が口を開いた。その内容が年の割りにはあまりにも可愛らしいものだったから、純が反射的にくすりと笑ってしまう。
「……今笑ったの、子どもっぽいとか思ったんだろ」
そんな相手に、駈がじとりと不服げな眼差しを送った。
「ごめんごめん。でも、せっかくの雪だもん。久々に雪遊びってのも良いよね」
「雪遊びなんて小学校以来だぜ。去年は、結局大して積もらなかったしな」
「でも、かまくらを作るにはまだちょっと雪が少ないかな。今日でこんなに積もったんだから、その内たっぷり積もるかもしれないけど」
示し合わせたかのように、二人が同時に窓の外へと視線を送る。今は遠い太陽の光が燦々と降り注ぎ、ゆっくりと雪を溶かしているところだった。
「じゃ、いつかたくさん雪積もったら、いっしょにかまくら作ろうぜ。そんで記念写真とか撮ってさ」
「うん、いいよ」
本当に幼い子どものような表情ではしゃぐ駈に、純が優しく頷いた。
ちょっとした談笑のひと時を済ませると、純はキッチンへと再び入って、冷蔵庫を開けながらうーんと唸っていた。
「どした?」
駈が訊ねた。すると、また長い唸り声が聞こえた後でようやく答えが返ってくる。
「……いや、そういえば食材のストック少なかったんだなぁって」
「じゃあ昼は外食でもするか?」
「そうだね。でも、こんな足元の悪い日だし、外へ遊びに行くってのも──」
ふと純がそこで曖昧に言葉を切って、語尾を濁した。駈が首を傾げると、キッチンから顔を出した少年が得意げな笑みを見せる。
「ねえ駈。今、何食べたい?」
「え、そうだな……。オムライス、かな」
意味ありげな笑みの意図はよく分からなかったが、駈は問われた内容を素直に答えた。それは“今”食べたいものどころか、いつでも食べたいであろう彼の大好物の一品である事は、当然しばしば休日を共に過ごしている純はよく知っていた。
「よし、じゃあ今日はこれから近所のスーパーまで買い物に付き合ってよ。そして今日のお昼ご飯は、僕が腕によりをかけて、駈のためにオムライスを作ります!」
「うおお、やったぁ!!」
それはいっそ痛快なほどに、ぱっと駈の表情が驚きと喜びに輝いた。純も、へへんと得意げな様子で彼の喜ぶ様子を眺めていた。
「それじゃ、コート着て出かける準備してね」
そう言って純もリビングを出て、自室へと防寒具を調達しに行く。駈はこたつとコンポの電源を切ると、ハンガーにかけていたダッフルコートを手に取り、袖を通した。
純が戻ってくるまでの間、駈は手持ち無沙汰な時間を潰しがてら、純の手料理によるオムライスのことを想うと、一向に頬の緩みが止まらなかった。
リビングに戻ってきた純はオレンジのダウンジャケットを着ていた。彼はリビングの電気を消してから、駈のほうを振り返ると。
「外は寒いだろうから、これあげるよ」
そう言って、カイロを放り投げてよこした。しかし、それをキャッチした駈が奇妙に呆然としているのを見て、純が少しばかり訝しげな顔を作る。
「どうしたの?」
「ん、いや」
駈が曖昧にしか答えなかったので、純は特に気にした様子もなく、彼に背を向けてさっさと玄関へと向かう。その後ろを追いかけながら、駈が言った。
「なんとなく思ったんだけど……。おれさ、お前とずっと一緒に生活できたら、めちゃくちゃ幸せな人生を送れる気がするなぁと思って」
「僕は構わないよ」
少し躊躇ってからようやく吐き出された呟きに、純は玄関で靴を履きながら、彼に背を向けたまま、あまりにもあっさりと返事をした。
「……マジで?」
駈が慌てて早口で問い直してみれば、靴を履き終えた純がすっと振り返り、どこか得意げな笑みを浮かべた。