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水城 寧人
水城 寧人
novelistID. 31927
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緑神国物語~記録者の世界~ 短編集01緑神国

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緑神国




「いらっしゃい!今日は新鮮な野菜が、たっくさん入荷しているよっ」
「お母さん、こっちこっち!!」
 賑やかな声が飛び交う緑神国の淡美市場は、朝一番の輝きを放っている。あちこちに色とりどりのテントが並び、光を散りばめたような魚や果実が住民の目を奪う。
 時折吹く3月の風が、澄んだ春の香りを運んできて、まるで冬眠から覚めた感じの風景があたりを装飾していた。
 市場の周りを囲む住宅街は、全てレンガや木材で作られた手作りの家ばかりだ。この国の民は皆、器用でものづくりを得意とする者が多かったのである。家によっては、個性的なものもあるが、特別に豪華な家や、貧しそうな家は一切無い。近くを歩く住民の服装も、色鮮やかなものからシンプルなものまで様々ではあるがこれといった金持ち風の服は見当たらない。
 そう。
 穏やかで平穏な国、それが緑神国の国風だった。
 そして住宅街を抜け、しばらく歩いたところに、この国を治める皇帝の城はある。白く美しい壁には、赤い野薔薇が巻き付いている。天を一直線に指す赤い屋根の塔と、はためく国旗が印象的な、静かな城。純白の十字が、国旗の中央で輝いていた。
 この国の長、皇帝は一見優しげで、威圧的な雰囲気は全く無い。この国の特徴を表したような人物で、いつも穏やかな笑みを浮かべている。その隣に立つ宰相も、皇帝と同じように静かに笑っている。
 メイド長を始めとした城で働く者たちも、しっかりと道徳を学び、専門の教育課程を完了させた者だけが従事している。だから、皆かなりの実力者なのだ。国のために働く騎士や神官、各役職の長達は、権力者といってもいい大きな特権を持っていたが、誰も乱用したりなどしない。だから国民による不満は湧き出ることもなく、この世界では、全てが平和に満ちる唯一の国だ。

――少なくとも、外国からの訪問者はそう思っている。


「陛下、こちらが女帝国のデータです。冬の間の餓死者は100を超え、国民の貧困層には莫大な負担もかかることでしょう」
 城の地下で行われる、緑神国の極秘会議。城で働くほぼ全ての者が参加する、国の本当の姿で話し合う会議だ。月に一度のミーティング、その名も“白紫会”。地下の特殊ホールで行われるこの会議ではためく国旗に、さきほど優しげにかがげられていた十字の紋章は無い。代わりに、白い髑髏と突き刺さった黒十字が描かれていた。
 いつもの純白のローブとは違う、漆黒に染まったマントを羽織った皇帝は、保安官の差し出した資料に目を通すと、小さく口を開いた。
 皇帝の踝まである長い紫色の髪は、威圧的だ。
 保安官が、鋭い皇帝の眼差しに恐れたように、後ずさる。
「なるほど。……つまり、この国への避難民はどのくらいに上るだろうか」
「お、おそらく、1万人ほどかと」
 遠慮がちにこたえた保安官は、皇帝の隣に立つ宰相の顔を、そっと見上げた。宰相は、皇帝とともにこの国の実権を持つ一人だ。単純に恐ろしい皇帝とは違い、表面上は優しげだが、裏にはなにか深い闇が巣食った雰囲気を持っている。
 煌々とともった明かりのおかげで、彼の表情が能面のようになっていることが分かった。
 宰相はぐるりとその顔を後ろに向ける。そこには、保安官よりも立場が上である、国の教育分野の長が腰掛けていた。教育長が、彼の顔に嫌そうに顔をしかめる。
 皇帝が煩わしそうに叫んだ。
「教育長!戦闘部の育成にはあとどれくらいかかる!」
 そうですね…考えるような仕草の後、彼女は渋々といった感じで口を開いた。あまり良い答えではないことに気付いたのか、宰相が眉を顰める。
「確実にするなら1年、使い物になるのにも半年はほしいです」
「遅い!いますぐにでもいないのか!」
 荒い口調は、普段他国民が耳にする皇帝の優しい声とは正反対の声だった。別の言い方をすれば、緑神国の国民達がいつも聞いている声、となるだろう。
 他国には平和主義で落ち着いた国家といわれる国、裏では徹底的な軍国主義を掲げる特殊な王国。それが緑神国の本当の姿だった。
 
 戦闘能力などはすでに城に住む者全員が身に着けているが、やはり戦闘部などの戦いのみを目的とした役割もあったほうが良いという考えで、つい最近、兵の教育が始まったのだ。
 今緑神国が侵略の対象としているのは、女帝国というこの国の北に隣する国。そこは、国民に対する制裁が厳しく、しかしけっして足元がゆらがない政治を行う国として、名を馳せている。だがあまりの厳しさに国民がよく脱走をくりかえし、この国に逃げてくるのだ。回収のためにと女帝国の軍人に侵入されるので、緑神国は毎回警戒しなくてはならない。
 しかも逃げてくるのが普通の国民ならばまだ歓迎するのだが、なにしろ盗みや殺しが日常の女帝国の貧困層にこられたら、たまったものではない。
 以前かなりの被害を被った緑神国にとって、避難民が多いことに関しては気が重かった。
「市場を閉鎖すれば、不満が出てくるおそれもあるんだぞ!?」
 皇帝はマントを翻すと、円形ホールの中心にある大きな赤い椅子に腰を下した。メイド長がさりげなく渡したお茶を、ごくごくと飲み干す。隣で腕を組み、厳しい顔つきのまま下を向く宰相を、周りの国務臣たちは心配そうに見つめていた。彼らの目は、宰相の怒りが爆発しないことを、切実に願っているようだ。
「却下したが、去年は国民代表から苦情が申し立てられた!それほどに被害は甚大だったんだ、どうにかしないと国が危ない!!」
 そのとき、一度は座った教育長が、再び声をあげた。彼女にとっては、珍しいことである。ちなみに教育長も国務臣のひとりだが、国政には興味が無いのか、あまり行政の会議に立ち入ることは無い。
「陛下、私にひとつ提案があります」
「なんだ。申してみろ」
 皇帝が曇った表情のまま、ちらりと振り返る。
 同時に、ガチャンと鋭い音がして――
皇帝と宰相の目の前に、一瞬で膝をついた女性が現れた。
 
 言葉なく立ち尽くす2人に、その女性騎士は深い礼をする。皆と同じ、黒いマントが翻った。
「はじめまして。突然のご無礼、お許しください」
「……教育長、こいつは何者だね」
 冷静さを取り戻した皇帝は、教育長を睨むように見た。彼女は着ている黒マントのポケットから、資料と思われる紙束を引っ張り出した。分厚い紙束から、教育長の仕事量がはかれる。
「今育てている兵の中でも、一番の実力を持っています。彼女が、最高位……つまり戦闘部の国務臣にあたる騎士ですね」
 彼女の美しい髪が、そして整った顔立ちが、騎士というにふさわしい上品さも兼ね備えている。
「ほう、素晴らしいじゃないか」
 皇帝が感心したように言ったが、宰相は跪く騎士を見つめたまま、何も言わない。
「まあ城に従事する者たちよりは、他の兵らも既に戦闘力を持っていますがね……この会議に呼ぶほどの奴らじゃないので」
 ばっさりと教育長は言い放ち、傅いたままの騎士に声をかける。
「朝も言ったとおり、この瞬間より卒業認定とする。私以上の騎士という立場だ、しっかりと立ちなさい」
 その言葉に、騎士は静かに背を伸ばすと、教育長に軽く頭をさげた。
 宰相は、おもしろそう彼女を見ている。そして、言った。