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―――すきだよ―――



瞬間、八年前に聞いたあの声が頭の中を去来し、私はあの夏の夜に意識を引き戻される。

闇に呑まれた時、私は震える潤ちゃんを抱き締めることが出来なかった。
けれど八年後の今日、震える私を抱き締めてくれているのは誰だ。
―――私が受け止めてあげられなかった、潤ちゃんなのだ。
本来ならこの温もりを八年前のあの夜に感じるはずだったのに。どうして私は、こんなに遠回りをしてしまったのだろうか。

「ねえつぐみちゃん」

潤ちゃんは何も変わっちゃいなかった。私を好きだと言った言葉も嘘ではなかったのだ。何も変わらない、八年前と一緒。この町も、この神社も、潤ちゃんも。
ただ一つ変わってしまったのは私だった。

「俺がつぐみちゃんを好きな気持ちは、八年前と同じだよ」
「潤、ちゃん…」

潤ちゃんの言葉のすべてが私の胸に沁み込んでいく。
「駆け引き」という名の重りなんて微塵も持たない、あの優しい潤ちゃんの想いが。

夏は潤ちゃんを思い出すから嫌いだ。優しい潤ちゃんに会いたくなるから。
でも潤ちゃんは大好きだった。日記に書いた潤ちゃんとの楽しい思い出。ずっとずっと忘れられない幻。
幻想の中での潤ちゃんは、いつだって笑っていた。あの川面のように清らかな笑顔で、私の名前を何度も呼んでくれた。

あの夏休みの最後の日、潤ちゃんは私のことが好きだと言った。
私は思う。もしかしたら、あの時から私と潤ちゃんの時間は止まっていたのではないかと。
それぞれの八年間を生きてきても繰り返される夏だけはきっと、十一歳と八歳の子供のままだったのだ。

八年後の潤ちゃんは言った。
だからね、つぐみちゃん―――

「あの時の続きを、聞かせて」



雲が切れて月明かりが差し込む。
淡く照らされた潤ちゃんの顔に浮かんでいたのは、あのあどけない笑顔だった。
不意にその笑顔が昔の潤ちゃんと重なる。
私も、潤ちゃんが好きだよ、と。
あの日から動き出せなかった私は、ずっと言えずにいるその言葉を、ようやく紡ぎ出すのだ。

八年前に聞いた鈴の音が月の光に交差する。
ひと夏を書き綴った日記と、線香花火の残像。潤ちゃんの、笑顔。



そしてまた、幻にも似たあの夏が始まる。
作品名:エンドロール 作家名:YOZAKURA NAO