ホットココア
勢いよく頭を下げてから、恐る恐る槇田の表情を窺うと、彼の満足そうな笑顔がそこにあって、それを見た栗崎の表情もようやく自然に綻んだ。
「こちらこそ。そうだなぁ、俺と栗崎のチームプレイってどんな感じになるんだろうな」
彼はそう言って、おもむろにゴールのそばに転がったままのバスケットボールを拾い上げると、少しばかりゴールから距離を取ってドリブルを始めた。呼応するように、栗崎の身体に電流の如く緊張が走る。
一見すると槇田のそれは脈絡の無い行動だったが、もはやその意図を確認する必要などはなかった。栗崎はすぐに彼の考えを察して、手に持ったままのココアを脇に置いた。
「行くぞ、栗崎!」
「はい!」
予感した通りに槇田が力強い声をあげると、今度は力強く栗崎もそれに応えた。
槇田が素早いドリブル捌きと共にゴールへと駆け出したかと思えば、不意にそのボールを栗崎へと差し出される。下級生を相手にしても手加減のない、微塵の隙も感じさせない鋭く速いパスだった。
しかし、栗崎は少しも臆さなかった。その突然のボールの軌道を正確に読み取り、まるで吸い寄せるようにして手の中に収めてみせる。そして、次の瞬間にはもう栗崎は走り出していた。
瞬く間にゴール前へと躍り出ると、レイアップシュートでボールをリングの中へと放り込む。寸分過たず、栗崎の手を離れたボールはゴールを通過していた。
「……良いシュートだ」
栗崎にも聞こえないほど小さく、ぼそりと槇田が呟いた。
確実にゴールを決めた事を見届けてから、ぱっと槇田のほうを振り返った栗崎に対して、彼は片手の拳を突き出し、親指を天に向かって立てて少年の勇姿を讃えてみせた。
「お前、本当にうまくなったな」
槇田がしみじみと言った。
「お前と来年、いっしょに試合できる時を楽しみにしてるよ──じゃあな」
そう言って彼はくるりと踵を返すと、別れの挨拶もそこそこに駆け足で公園を後にした。そういえば、彼はランニングの途中と言っていたのを栗崎はふと思い出す。槇田の後ろ姿が遠くなっていくのを、彼は黙ってじっと眺めていた。
公園を出て曲がり角を過ぎ、あっけなくその姿が見えなくなると、ようやく栗崎は金縛りでも解けたかのようにはっとして、槇田から貰ってそのままだったココアの缶を拾い上げた。触れればまだ熱の残っているそれのプルタブをひねり、栗崎は一口飲んだ。
なんだか現実味を帯びないココアの甘さと温かさが、今はひどく心地良かった。