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ホットココア

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その日の夜、紺のスポーツジャージに身を包んだ栗崎という名の少年は、とある住宅街の片隅に位置する人気のない公園に居た。公園の片隅にはぽつんと一対のバスケットゴールが佇んでおり、それを見つけて以来、この場所は彼にとって絶好の秘密の自主トレーニング場となっている。
 辺りの木々は紅葉し、すっかり秋めいて陽が落ちるのも早くなった夜分は少し冷え込んできたが、練習に没頭するうち彼の額には汗が滲んでいた。
 来年、栗崎は二年になる。決して同世代の人並みより身長が高いわけではないし、体格だってお世辞にも逞しいとは言いがたい少年だったが、彼には誰にも譲れない頑な目標があった。ある憧れの先輩と同じ舞台に立ちたいという目標だ。名前を槇田という彼の先輩にあたる人物を、栗崎は心から慕っていた。
 槇田という男は、後輩に対しても心から誠実に接し、己の練習時間を割いて様々な基礎練習を指導する事もしばしばあった。そうした人柄から、彼は年齢の上下を問わず誰からも好かれたし、また部活でも突出した実力を持つ彼は、後輩のみならず同輩の憧れを一身に集める存在でもあった。栗崎にとっては、そうした姿が眩しくもあるほどだった。
 栗崎は中学一年であり、槇田はその一つ上に当たる二年だ。部活において一年生はまだまだ駆け出しである立場上、槇田という先輩はどうしても幾分かの距離を感じざるを得ない存在であった。
 だが、来年からは違う。栗崎に実力さえ伴えば、槇田と同じ舞台に立って試合に臨む事など何ら有り得ない話ではない。そんな瞬間を頭の中で思い描くたび、栗崎の心はどうしようもないほど奮い立った。
 昂る気持ちを抑えるようにふっと息を吐いて、栗崎は集中力を高めてからバスケットゴールへとジャンプシュートを試みる。放物線を描いたボールが、鮮やかにすとんとリングを通り抜けた。
 ぱちぱち、と不意に拍手の音が背後から聞こえた。弾かれたように栗崎が振り向くと、そこには思いもよらない人物──槇田の姿があった。
「ナイスシュート」と彼が賛辞の言葉を送る。
「えっ、ま、槇田先輩……!?」
 なぜこんなところに、とか、いつからそこに、とか、色々な疑問は次々に湧いて出たけれど、動揺を極める栗崎の口から漏れた言葉はそれがやっとだった。
「ほら、差し入れ」
 栗崎の混乱をよそに槇田が言って、彼が手に持っていた何かをふわりと投げた。薄暗がりの中ではその正体を目視では判別できなかったが、緩やかな軌道に乗って飛んできたものを、栗崎はしっかりと両手で受け止める。思いのほか熱を帯びた手の中のそれを見れば、温かなココアの缶ジュースだと分かった。
「そ、そんな差し入れだなんて!」
 慌てて、受け取れませんとばかりに栗崎がココアを持った両手を前に差し出すと、槇田は片手をぱたぱたと振ってサインを返した。
「どうせ俺、ココアは飲まないし、おとなしく受け取れ。お前、ココア好きだろ?」
 夏の暑さがすっかり遠のいて、夜風が冷たくなってきた頃から、栗崎は部活帰りにしばしば通学路の自販機でココアを買っていた。そんな事を覚えられていたのかと思うと、栗崎はなんとなく嬉しいやら気恥ずかしいやら複雑な気持ちに駆られてしまった。しかし、そうと言われてしまっては、少年は「ありがとうございます」と言って一礼するほかなかった。
「今日はいつもと違うルートを走ってたら、なんか見覚えのあるやつが公園に居るなあと思ってさ。もしかして、と思ったらやっぱり栗崎だったんだな。……いつもここで練習してんの?」
 槇田に訊ねられて、栗崎は「はい」と答えて頷いた。
「そっかそっか。練習熱心、関心だ」
 屈託無く笑みを浮かべてそう言いいながら彼が栗崎の方へと歩み寄ると、少年の頭にぽんと槇田の手が乗っかる。栗崎は未だにこんなところで槇田と二人で談笑している状況が嘘のように感じられてならなかった。けれど、いったん彼の手の重みを頭の上に感じると、バスケの練習中にも増して頬が熱くなるような感覚に襲われた。
「栗崎」
「は、はい」
 突然にいつもより低い声の調子で名前を呼ばれ、栗崎は少し声を上擦らせながらもそれに答えた。
「お前きっと、もっとバスケうまくなるよ。来年が楽しみだ」
 期待してるぜ、と言葉を添えて、槇田が不敵に唇の端を持ち上げた。
 栗崎は夢でも見ているのではないかとばかりに、まるで他人事のように呆然とその言葉を聞いていたが、愉快そうに破顔した槇田に肩の辺りを軽く叩かれて、慌てて目が覚めたような心地がした。
「お、おれ」
 何か言葉を返さなければと、一向に冷静になろうとしない、どこか熱に浮かされたような己の頭の中に活を入れながら、少年はなんとか言葉を搾り出す。
「頑張ります、おれも先輩の足を引っ張らないで済むくらい、絶対にうまくなりますから! その時は……その時は先輩、よろしくお願いします」
作品名:ホットココア 作家名:空峰ライ