さいごの声
◎
「君がこの会社に入りたいと思ったのはなぜ?」
達磨のような体形をした恵比須顔の社長は、一言目からいきなり切り込んできた。
子供のような無邪気な瞳を輝かせ、僕の答えを待っている。
面接に臨む前に、想定問答の練習はしてきた。
でも、この社長の前では、上辺だけを取り繕った綺麗ごとは全て見透かされてしまう、僕は瞬時にそう思った。
だから僕は、何の飾りも誇張もない、自分の心の真ん中にある思いを言葉にした。
「死者のさいごの声を、親族に届けたい、そう思ったからです」
社長は怪訝な表情を浮かべ、視線を空中に漂わせた。
何も食べていないのに口元をもぐもぐと動かし、小鼻をぴくぴく震わせている。
「それ、なんだか」と、もぐもぐしながら、次に続く言葉を選んでいる。
そして、小鼻を広げ、目尻を思い切り下げた。
「おもしろそうだねえ」
社長はおもむろに立ち上がり、短躯を伸ばして、机の向こうから僕に、太くて短い右手を差し出した。
「寿(ことぶき)葬儀社にようこそ」
呆気にとられていた僕は、慌てて立ち上がり、社長の右手を両手で包んだ。
「葬儀ってのはねえ、単に故人を見送る儀式じゃないんだよ。亡くなった人の新しい門出を親族、友人、知人全員が集まって祝福する場でもあるんだよね。だからうちの社名には寿が入ってるんだよ。まあ、紛らわしい、とか死者を冒涜している、なんて非難は後を絶たないけどね。でも私は絶対に変えようとは思わない」
社長は恵比須顔で僕を見上げていたが、眼光は眩しいほどに輝いていた。
「せっかく門出を祝福するのに、生きていた時に大事なことを伝えられなかった、聞けなかった、なんて心残りがあっちゃだめだよね。うん。いいよ、凄くいい。故人の最後の声、じゃんじゃん伝えちゃってよ、届けちゃってよ」」そう言って、社長は豪快に笑った。
おそらく社長は僕の言葉の意味を正確には理解していないのだろう。
でも、それでもいい。この社長の下でなら、僕にしかできない何か、人のためになる何か、それができるような気がした。
僕は達磨のような社長に向かい、直角に頭を下げた。
「よろしくお願いします」
それは、自分自身に贈る門出の言葉でもあった。
< 了 >