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さいごの声

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 僕の声を遮るように、村越さんが大きな音を立てて、包装紙を引き裂き、破る。
 震える指先で箱の蓋を開けた。
「これは……」
「マグカップです。あなたと、奥様のための」
 ペアのマグカップは秋の陽光を浴びて、柔らかく優しい乳白色に輝いていた。
「佑香さん、それを選ぶのに、二時間かけたそうです。いろいろと迷いながら、店員さんにも相談しながら」
「…………」
「翡翠の粉末が塗りこまれているそうです」
「翡翠」
「あなたも奥様も最近血圧が高めだと……翡翠には高血圧を改善する効果も……」
――しゃべり過ぎだ。わかっている。でも僕は、佑香さんがこのマグカップに込めた両親への思いの全てを、どうしても伝えておきたかった。
「ありがとう」
「…………」
「ありがとうございました」
 村越さんは、マグカップの入った箱を両腕の中に抱え、僕に向かって深く、長く、頭を垂れた。しかし、その顔からは一切の表情が消えていた。
 踵を返すと、再びゆっくりと玄関扉に向かい、やがて静かに家の中に消えていった。
 
 僕は呆然と村越さんを見送りながら、今更ながら自分のしたことの意味を思っていた。
 佑香さんの両親に対して、もしかしたら僕は、とんでもなく残酷な仕打ちをしてしまったのかもしれない。
 自分たちへのプレゼントを受け取りに行ったがために、娘は事故に遭いそして死んでしまった。彼らが知らずにすんだかもしれないそんな情報を、一方的に告げる資格も権利も僕にはなかったはずだ。
――僕はいったい何をしたかったのだろう……。
 事故死した娘の想いを家族に届ける――それは本当に彼らのためだったのか? 他人に感謝される、本当はそれ以上のことを求めていたのではないか? 
 “自分でも他人の役に立つことができる”そう確信したいがために、彼らの想いを利用しただけじゃないのか……。  

 僕は力なくうなだれたまま村越宅を後にした。
 秋晴れの土曜日。駅前ではカップルや家族連れが賑やかにランチの相談をしている。
 急に空腹を覚えた。そういえば昨晩も今朝も食事らしい食事をとっていない。
 こんな時でも空腹を我慢できない自分を哂いながら、僕の目は適当な店を探していた。
 比較的空いているラーメン屋を見つけ、足を踏み出したその時、強い力で右肩が掴まれた。
 驚いて振り返ると、村越さんが両膝に手をつき荒い呼吸をしながら、僕を見上げていた。
「あ、あの後、すぐに、あ、あなたの後を追ったのですが、なかなか見つからなくて」
「……僕のことを探していらしたのですか?」
 村越さんは返事をする代わりに、大きく唾を飲み込み、小さな頷きを繰り返した。
「……どうして?」
「ひ、昼ごはん、一緒に食べませんか」
「昼ごはん?」
「ええ、まだでしょう。私におごらせて下さい」
「あ……いえ、とんでもない」
「もう少し、もう少しだけ話を聞かせてくれませんか。あの子の……あの子の話を」
 お父さんは赤い目で、縋るように僕を見つめていた。
「あなたからなら……聞くことができる、そんな気がするんです」
 そして、僕の右手を両手で強く握った。
「あの子の最期のことを」

作品名:さいごの声 作家名:たれみみ