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てっしゅう
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「忘れられない」 第九章 暗転

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「あら、純真なのね。そういうところは・・・だから、可愛いって男性は感じるのよね、あなたの事」
「褒めて頂いてます?それとも、呆れています?」

大きな笑い声が店内に響いていた。


明雄の治療が本格的に進んできた。放射線による皮膚の軽いやけどがひりひりと痛み出した。抗がん剤の点滴による副作用は、明雄を嘔吐と頭痛で悩ました。精神的にもやる気が萎えて、ベッドでだらっとする時間が増えていた。二週間目を過ぎたところでふさふさしていた髪の毛が少しずつ抜け出した。有紀は明雄の部屋から帽子を持ってきてかぶるように勧めた。

「有紀、君が嫌じゃなければボクは帽子いらないよ。禿げてもそれが今の自分なんだから受け入れるよ。外に出るわけじゃないし」
「そうね、私は気にしないから、大丈夫よ」
「それより、背中が痛くて手が大きく動かせないんだよ。悪いけど、お風呂に一緒に入って、髪洗ってくれないか?」
「ここで一緒に入って大丈夫なの?」
「看護士さんなんか、よく一緒に入って髪洗ったりしているから平気だよ」
「なら、いいけど・・・水着で入るの?」
「誰が?」
「私よ、もちろん」
「裸でいいんじゃないの?」
「えっ?そういうこと・・・」

病院の浴室は畳二畳ぐらいの大きさで明るく綺麗だった。椅子に腰掛けて背中にお湯がかからないように前かがみになってもらい、有紀は髪を洗い始めた。そんなに強くこすっていないのにたくさんの毛が抜け落ちた。もうすぐ全部抜け落ちてしまうのだろう、そう思うと可哀想になってきた。洗い終えて、明雄は久しぶりに見る有紀の身体に興奮した。視線をそらす有紀に、頼む、とだけ言った。

「今はダメ・・・治ってから。我慢して」
「溜まっているんだよ・・・解るだろう?」

こんなところで・・・と有紀は思った。気乗りしなかったが、頑張っている明雄へのご褒美だと思って言われるとおりにした。

ナースセンターへ鍵を二人で返しに行ったら、「あら、仲がいいのね」と冷やかされた。担当の看護士はいつになくニコニコと笑顔になっていた。

移植の適合検査の結果は全員不適合であった。まあ、順当な結果だ。親子兄弟ではなかったのだから。免疫抑制剤を使って無理をすれば不可能ではないが、リスクが大きすぎた。

明雄と有紀は宇佐美医師からその報告を聞き、がっかりしたが今の治療を続けて、患部が小さくなったところで手術をするという方法で了承した。28日間で放射線治療は終了し、化学療法もその前に終了していた。MRI検査と血液検査をして結果を待った。

血液中の白血球が激減しているので、回復の点滴を受け、体力の回復を待って患部切除手術が行われることになった。病院の外に見える風景は稲穂が実をつけて首を垂れ始めていた。外はもう半袖では歩けない。高い青空にうろこ雲が筋を引いている。

「明雄さん、いよいよね。頑張ってね。ここでずっと応援しているから・・・」
「有紀、頑張るよ。絶対に死なないから・・・」
「うん、信じてる。大丈夫だから、安心して先生に任せましょう」

朝の9時に手術は開始された。宇佐美医師はMRIの画像から、全部を取り除くことは不可能だと判断していた。開腹して実際に見てから切除する部分を決めようとメスを執った。
「厄介だな・・・」そうつぶやいて、しばらく考えた宇佐美は、思い切って侵されていない3分の1ぐらいの部分だけを残して切除する事を決めた。助手から、「先生、それは危険じゃないですか?」とアドバイスされたが、「いや、そうしないと切っても無駄だ。解るだろう、すぐに再発するぞ」二度目の手術はもう無い、いや出来ない。だったら、生き残れる可能性にかけてみようと、判断したのだ。

「メス!」鋭く響くその声は確信を得た自信を覗かせる響きに聞こえた。

有紀は祈っていた。「裕美さん、見てる?私よ。明雄さんを助けて・・・お願いだから、あなたの力を貸して欲しいの」手を合わせて天に向かってそう願った。

5時間を越える長い手術は終わった。ICUに移された明雄は眠っている。疲れた表情を見せて宇佐美は有紀に説明してくれた。

「何とか無事に終えました。私なりの判断で、思い切って3分の2ほどの部位を切除しました。残された肝臓は時間とともに再生をして元の大きさになります。途中で再発しなければもう大丈夫です。ただし、肝臓の能力が著しく落ちているので、感染症に気をつけないといけません。しばらくはICUと個室に入って治療をします。面会が可能になっても、衣服や手の汚れ、埃などには注意して下さい」
「はい、ありがとうございます。先生のおかげで助かりました。本当にありがとうございました」
「まだ早いですよ。これからです。乗り切らないといけない山が幾つかありますから。大きな手術の後には、予想しないことが発生します。目を覚ましてから、意識が戻るまで今は祈りましょう」
「解りました。ここで待っています。何かあったら教えて下さい」
「そう看護士に伝えておきます。では、あなたもお疲れにならないようになさって下さいね」

宇佐美はそう言って、ゆっくりとエレベーターに乗った。ICUの前にある控え室で有紀はしっかりと手を合わせて明雄の回復を祈っていた。明雄が麻酔から目を覚ましたのは夜の9時を回った時間だった。
「ここは・・・」
「石原さん、解りますか?担当の看護士です。これからよろしくお願いします」
「・・・はい。お願いします」そう言うのが限界だった。