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幸せのカタチ

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――――夢を見ている。
短いけれど、とても心地良い夢。

つながれた温かい手も
君の優しい笑顔も
全てが愛しくて仕方がない、

そんな昼下がりの
幸せな幻想を見ている。





  [ 幸 せ の カ タ チ ]





静かな保健室の、二つあるうちの片方のベッドに、私は今横たわっている。
午後の麗らかな日差しを感じながら、安眠と覚醒の境界線をうとうとと行き来していた。
意識が遠のいていく瞬間の不思議な感覚が気持ち良い。
窓の外から降り注ぐ木漏れ日を閉じた瞼を通して確認しながら、
遠くから聞こえてくるチャイムの音に耳を傾ける。

(授業、終わったのかな――――)

瞼を閉じたまま、今何時だろう、と考える。
さっき私が保健室に来たのは1時半過ぎだったから――――
きっと5時間目が終わった頃だろう。
授業出なきゃヤバイかなぁ、と思いながらも、
あまりの心地良さに、なかなか目が開かない。
保健の先生も起こしに来ないし、
このまま6時間目も寝ていよう、と考えながら、私は静かに寝息を立てていた。


「せーんーぱいっ」

「……っ!?」


不意にその声が耳に入ってきたので、
私は頑なに閉じていた目を見開き、ガバッと起き上がった。

「あ……」

起きた瞬間向けられた笑顔に、私は思わず絶句した。
いつのまに居たんだろう。
私の寝ていたベッドの傍に、渉が立っていた。

「わ、たる……」
「驚きました?先輩っ」

エヘヘ、と無邪気に笑う渉。
私はハッとして、ボサボサの髪の毛を慌てて整える。

(全然気づかなかった……)

「先輩、体育の時間倒れたそうですね。大丈夫ですか?」
「う、うん……ちょっと貧血気味だっただけ。誰に聞いたの?」
「えーっと……鈴木先輩と田中先輩と山田先輩と佐藤先輩と……とにかく部活の三年の先輩たちです」

私は思わず苦笑いしてしまった。
みんなして渉に心配させるようなこと言ったわけ、ですか。

「彼氏なんだから保健室行ってやれって先輩たちに言われて。言われなくても行くつもりでしたけどね」

そう優しく微笑む渉を見て、私はありがとう、と笑った。
来てくれるなんて、思ってなかったから。

渉は私の彼氏だった。
私の方が一つ年上だけど、そんなことは問題じゃない。
私は渉が好きで、渉も私を好きでいてくれる。
穏やかな二人の気持ちが、年の差なんて気にさせなかったし、
それが不安の種であるわけでもなかった。
ただ渉が傍に居てくれるだけで、私はすごく安心できるんだ。

しばらくしてからまたチャイムが鳴ったので、私はあれ?と首を傾げる。

「今5時間目終わったの?」
「いや、今から6時間目ですよ」
「えっ、じゃあこれ始業チャイム!?渉、何やってんの。早く行きなよ」

いいっすよ、と渉は言う。

「俺も保健室いますから」

ベッドに腰掛けて、渉はニコニコ笑っている。
それから私を寝るように促して、布団をかけてくれた。

「先輩、病人なんだから、寝てて下さいね」

優しくそう言われて、私は少しだけ紅潮した。
なんだか恥ずかしいなあ、と思う。
それでも、いつだって渉の優しくて穏やかな笑顔は
私を大事にしてくれているのだと教えてくれるんだ。



「あら!?桐谷くんじゃない。何やってんの!」

突然シャッとカーテンが開かれて、保健の先生が現れた。
どうやら保健室を出ていたらしく、今頃渉のことに気づいたらしい。
私と渉は、マズイ、というような表情を浮かべる。

「桐谷くんは関係ないでしょ。さ、早く授業戻りなさい」
「あ、いや、先生……」
「ほら、早く!」

何か言いたそうな渉にも構わず、強引に引っ張って行こうとする先生。
私は渉が連れて行かれるのを見て、あ~、と気の抜けた声を出す。

とうとう渉は先生の腕を振りほどいて、先生!と声をあげた。

「俺、頭痛いっす!ベッドで休ませてください!」

渉が咄嗟にそんなことを言い出したので、私と先生は目を丸くした。

「頭、ねぇ……」

じぃっと渉を見つめる先生。
そのとき渉は、お腹を抑えながら「頭が痛い」と言っていたことに、ようやく気づいた。

「あ……、やっぱお腹かな~なぁんて。あははは」

苦し紛れの言い訳をする渉。
保健の先生はやれやれ、と言うような素振りを見せて、「仕方ないわね」と言った。

「ベッドにいても構わないけど、しゃべるのはダメよ」
「え、しゃべっちゃダメなの?」
「もちろんよ。あなたたち病人なんですからね!」

そのことを条件に、渉はなんとか保健室に留まることを許された。
渉は渋々二つ目のベッドに入る。
保健の先生は二人の間にカーテンを引いて、それぞれ個々の空間まで作ってしまった。

保健室に、再び静寂が訪れる。


「渉~」

「先輩~」


二人で声を掛け合っていると、先生が「うるさいわよ」と声をあげた。
それによって、二人の掛け声は呆気なく遮断される。

(意地悪……。先生、楽しんでるんじゃないの?)

そう思いながら、仕方なく私は布団に包まった。
黙って渉のいるベッドの方に顔を向ける。
しかしカーテンで閉ざされた向こう側は、見えるはずもない。

(今頃みんな授業を受けてるんだろうな……)

ふとそんなことを考えてみた。
みんなが授業受けてるときに保健室で寝ていると、なんとなくお得さを感じてしまう。
結局は自分が授業に遅れるだけなのだけど
みんなが苦労しているときに、こうやってのんびり出来るのは嬉しい。

それに。
隣には渉もいるし。

沈黙に飽きてきた頃、私は制服のポケットの中で微かな振動を感じた。
携帯のバイブが鳴っている。
私はそっとポケットから携帯を取り出して、ディスプレイに表示された文字を確認する。

「受信メール一件」

ボタンを押して、メールを開いてみると。

「わ、…」

私はハッとして思わず口を噤む。
メールの送信者は、隣にいる渉からだった。




『先輩ー!先生ひどいっすよね。
 一緒にいさせてくれてもいいと思いませんか?
 ところで、貧血はもう大丈夫なんですか?
 先輩が倒れたって聞いて、俺死ぬほど驚いたんですよ』




私はそのメールに目を通して、くすっと微笑んだ。
可愛い、と思う。
時々渉が感じさせる「年下さ」は
決してガキっぽいわけじゃなくて、無邪気で可愛いという感じだ。

私はもう大丈夫だよ、とメールの返事を返した。
するとすぐに返事を返してくる渉。
私はそんな渉に、やっぱり微笑んでしまう。

メールのやり取りを私たちは始めていた。
カチカチと小さく鳴るボタンの音を隠しながら、メールを打つ。
メールを送信すると、すぐに返事が返ってきて
私もすぐに返事を打つ。
すぐ隣にいるのに、いちいちこんなことやってるのが笑えるけど。

でも。
すごく幸せに思えた。
言葉に表せないほどの、温かさに満ち溢れていて
こんなにも、愛しく思う。



『先輩、こっちに手出して』


渉のメールに書かれてあった文を見て、私はゆっくりとベッドから起き上がった。

(――――手?)

書かれてある通り、カーテンに向かって手を伸ばす。
だけど届きそうもないので、仕方なくベッドから少しだけ出て手を伸ばした。
作品名:幸せのカタチ 作家名:YOZAKURA NAO