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転罰少女と×点少年

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俺は女神に出会った。
 実に陳腐な表現だと思う。
 でも俺は、あの美しさを表現するのに、これくらいの語彙くらいしか持ち合わせていない。磁器を思わせる白地の肌、だというのにカミの色は一本の例外なく真っ黒で、色素に不揃いな部分がない。
 そして、俺を見た、神々しく光る紅色の瞳。
 
 ただ目を合わせただけだというのに、その瞬間に、何かに憑かれたように感じた。

 そしてそのすぐ後に、予感は最悪の形で的中することになる。
 どこから話そう。
 切り出しはそう多くないけれど、まずは、その女神のような――或いは死神のような…………疫病神。
 醜悪をもたらす、とても綺麗な厄の神。
 赤月霞について、順を追って語っていこうと思う。


(1)


 上の、上の……そのなかでは中。
 俺の外見ランクのことである。27階級中2位。偏差値で言うなら76程度で、戦闘力で表せば八千。
 大きな学校なら、学年を探せば一人、いるかなあ……、とかそういうレベルだと思ってくれれば結構だ。今俺は、洗面台の前でそう思ってるわけだが、客観的に見ても、似たり寄ったりの返答が帰ってくることを俺は確信している。
 顎のラインに無駄な肉はなく、フェイスラインをすっきりした印象にしている。髪色は明るい金に染まって、ほとんど傷んでいない。目鼻眉の位置が整っていて、特に切れ長の眼には、何も考えていない時でも、常に何かに勇猛に向かっているふうに、思わせるような力が宿る。要するに、きりっとしてる。
 言ってしまえば、モテそうな顔つきなのだ。そして顔だけではなく話術の偏差値も高いため、実際モテる。俺が少しでも声をかければ、ほぼ全ての女子は向こうから告白してくるし、あの聖人の日にもらうアレはざっと百を超える。高校一年生秋現在までに、付き合ってきた女子の人数は数えきれない。
 いや、むしろ数えるのをやめていたというのが正しいだろう。彼女を作ってテキトーになかよしこよし、そしてその後、互いに関係を継続することに苦痛を感じる一歩前か、一歩、後に別れる――言ってしまえば高校生の思い描く『付き合う』なんてのは、たかがそれくらいのものなのだと気付いてしまったから。
 俺はいちいち『結果』に一喜一憂することがなくなったのだ。じゃあなぜ『誰かと付き合うこと』自体はやめないのだろうか、と自問自答したことがある。案外こちらの答えはすぐに出た。

 結局、他人と触れ合い親しみやすいという自分の長所を使うのが、単に楽しいだけなのだろう、ゲームみたいで。
 実にわかりやすい理由じゃないか。

 俺の名前は兎荷遊。この文章を読んでイラついた人は安心して読み進めることを推奨する。今こんなことを調子に乗って思っていた男は、その日の朝には、史上最悪の事態に遭遇する。

 夏休みも終わり、今日から新学期を迎える。新しい学期を万全の(顔の)状態でスタートするべく、いつもより長めに身支度を整えている。なにせ噂によると、ウチの学校に何人か転校生が来るらしいのだ。さらにもっと詳しい噂によると、なかなかの美少女だという。……9月っていう中途半端な時期に転校してくるあたり、俺は、その娘が外国人ではないかと勝手に予想している。ガイコクジン。うん、素敵な響きだ。確か俺には外人さんの恋人は今までいなかった気がする。するので、その娘がどんな娘かはわからないけど、準備するのに越したことはないだろうという理由から、こうして洗面台の鏡に向き合って三十分も突っ立っている。
 すると、鏡に女子中学生が映った。
「あ、おにーちゃん」
「お、寒か、おはよう」
 寝癖でその綺麗な髪をくっしゃくしゃにしている子は、妹の寒だ。こいつもそろそろ支度をするらしい。俺は洗面台を明け渡し、居間へと向かう。まあ向かったところで、全員がそろってないと朝食を始められないのが、兎荷家のルールなのだが。


 居間に行くと朝食が出来上がっていて、やけに若々しい四十四歳の美男美女がいた。ていうか両親だった。
「ん、おはよ遊。今日はやけに早いな……あ今日からだっけ? ガッコ」
 お天気おねえさんがテレビから発する、美声と笑顔を注視していた親父が、まず俺に気付いて挨拶をよこす。俺の喉を天日で半日干したような、乾いていながらも若さのある声である。
「ん、そうそう」
 と俺は言いつつ、卓袱台の上に乗っている朝食のラインナップを確かめる。白米と、赤味噌の汁と、きんぴらごぼうに……お、照りにされてる鯖か。無造作に置かれている、貰いものの特大バナナが最後に眼球の運動を止めそうになったが、それは無視しよう。
「おはよー遊! 久しぶりにまともな料理作ってみたんだけど、どう?」
 朝から元気に、母親から挨拶がくる。ああ、そうか〆切開けなのか。
「ん、いいんじゃないかな?」
 夏休み中は俺のバイトが忙しいからといって、ずいぶん手を抜いてくれたものだ。晩飯が用意されてなかった日にはさすがに閉口した。それに比べれば、この朝食のなんと満足いくことか。
「毎日の飯が、このレベルで安定してくれたらいいんだけどね……」
「遊、アンタも〆切に追われる人生を味わったら、嫌でもこうなるもんなのよっ」
 朝から良き親っぽいことを言っている、お袋の職業は作家、兼、巫女さんだ。俺ん家の家業である兎荷神社の巫女さんをしつつ、副業としてオカルト・伝奇系の少年向け小説(ラノベっつうんだった)を書いていたりする。普段は家にこもりがちなため、その分ソツなく家事をこなしてくれるんだが、〆切が近付くと『部屋に』こもりっぱなしになるため、その間家族は、俺が調理したそこそこで単調な料理か、親父が完成させた豪快すぎる食品か、寒がふざけた結果である激辛料理しか食べられない。そのためお袋の言ってることは身に染みて理解できるのだが、〆切に追われない人生なんてないんだからね?
 とりあえずお袋の言葉は軽く聞き流し、俺も座って、食卓を囲む一員となる。俺の対面にお袋、右斜め前に親父、そして隣には寒が座ることになっている。
 みんなが座り、会話が断ち切れる。俺はニュースをチェックするような人間じゃないし、ましてや新聞なんて気分がいいときにスポーツ欄と四コマを見る、ぐらいしかしない。この時間特にやることもないので、呆けていた。
「しっかしまあ」
「あ、どうした遊?」
 今度は女子アナの足をガン見していた親父が、また俺の呟きに反応する。
 俺は親父の方を見る。明らかに俺が遺伝継承しているであろうシャープな輪郭には、やはり俺と同じように、中年を言い訳にしたようなたるみは一切ない。顎髭が生えていること以外は、十六歳の俺と何ら変わらず、それどころか、俺の目を素材そのまま、年月だけを経過させた双眸は俺以上の鋭さを持っている。現在、どこぞの会社で人事部長職に就いてるらしく、上司部下からの人望も厚いという。
「いやなんでもないけどね」
作品名:転罰少女と×点少年 作家名:ragy