逃避行
その日の私は、風邪を引いて寝込んでいました。そして優しい兄さまは私に付きっきりで看病してくださり、大分よくなった頃です。
「今日はもう寝なさい」
兄さまに言われてお薬を飲み、私は眠りに付きました。お薬のせいか、だんだんうとうとしてきた頃です。
突然、大きな爆発音がし、私は急いで飛び起きて周りを見渡しました。――しかし目の前に広がっていた景色は、一度も見たこともないところでした。
周りは瓦礫の山でいっぱいで、いたるところから煙が上がっていて、まるで戦争の前線地帯のよう……いつの間にかシャツとズボンに着替えていた私は何が何だかわからず、呆然と瓦礫の山を見つめていました。
すると、私は突然後ろから腕をつかまれ、屋根が一部なくなっている一軒の家屋へと連れて行かれました。
顔は見られませんでしたが、その人の黒い背中と、何かから逃げるように走っていたのは覚えています。
家屋の中に入ると、外と同じように中も荒れ果てていて、盗賊が押し入った後のようにぐちゃぐちゃでした。
キッチンだったようなところに着くと、いきなり彼は床の板を一枚剥がしとりました。その下はなんと、ぽっかりと大きな穴が開いていて、ちょうど二人くらいなら入れるスペースがありました。今思えば防空壕だったのかもしれません。
私とその人はその穴の中に入り、板の蓋を閉め、閉じこもりました。
しばらくすると、その後から数人(数十人のような気もしました)の慌しい足音が聞こえてきて、私たちの真上まで来ました。
『――――、――、―――、―――――』
聞いたことのない言葉をかなり大きな声で喋っていましたが、誰かを探しているようです。
私は訳が分からず、ちらりと隣を見ました。暗かったせいか、やはり顔は見えませんでしたが、私を安心させるためかにっこりと微笑んで何かを呟きました。……何ていって下さったのかは忘れてしまったのですけどね。
それからどれくらい経ったのでしょうか。声と足音がさっぱりしなくなり、そっと二人で外に出ました。
外はやはり先ほどと同じく、いえ、それ以上に荒れ果てていました。
私は彼と瓦礫が散らばっている道を歩いて……きっと、安全な場所を探していたんだと思います。するとまた、先ほどの家屋で聞いたのと同じような足音が聞こえてきました。
すると彼は再び私の手を引き、一目散に駆け出しました。今度は半壊しているビルのような建物の陰に身を隠し、その陰で、私たち二人は足跡が去るまで息を殺すことになりました。
私は怖くなり、彼の服の裾をつかませてもらって、震える身体をどうにかして正常を保とうとしました。
そんなことをしていると、突然、私の首に冷たいものが当てられました。振り向くと、そこには氷のような銀色の刀がありました。
切られる、もうだめだ――思った瞬間、ザクッと鈍い音が聞こえました。音源は、私のすぐ隣。
暖かいものが頬に少し掛かりました。どさり。一拍置いて倒れる音がして、彼の身体がだんだん赤く染まっていくのを、私は横目で見ていました。
銀色の光る氷のような刃は、次はお前だと言わんばかりに、うずうずしているように見えました。そして再び見上げると、そこには楽しそうに笑っている白い顔が見えました。