「夢の続き」 第三章 二人の旅行
第三章 二人の旅行
8月14日も夕方になってきた。今日は家に帰らないといけなかったので、貴史は洋子を連れて千鶴子の家を出た。
「おばあちゃん、また続きを聞かせて欲しいから来るね。今日はお母さんに帰るって約束したから残念だけど洋子を送ってから家に戻るね」
「貴史、いつでも構わないよ。私は家に居るから。お前が来ることを楽しみにしてるよ。洋子さん、あなたも良かったら一緒に来てくださいね」
「おばあさま、ありがとうございます。是非来させて頂きます」
地下鉄の改札口まで貴史は洋子を歩いて送っていった。入り口が見え始めたとき洋子の握っている指に力が入った。
「貴史、帰りたくない・・・」
「何言ってるんだ？また逢えるじゃないか」
「もう少し居たいの。ね？いいでしょ・・・」
「俺の家に来るか？」
「二人だけがいいの」
「ええ？どこで話すって言うの」
「私の家に来て、母は出かけて留守だから、多分」
「多分かよ。おばさん帰ってきたら変に思わないか？」
「貴史だから何も思わないわよ」
「そうかな、高二だぜ、もう俺たち」
「大丈夫よ。ねっ、来て」
「解ったよ。少しだけだぜ」
門前仲町から二人は洋子の家がある神保町まで地下鉄で行った。日が落ちてきて少し涼しく感じられたが、アスファルトの照り返しは結構遅い時間まで都内を保温していた。
「まだ、暑いなあ」
「そうね、もう汗びっしょりになっちゃったわね」
「俺もだ」
「家に着いたら、シャワー浴びましょう。着替え無いけど我慢してね」
「ありがとう。助かるよ。さっぱりしたいから」
洋子は持っていた鍵でドアーを開け母親がまだ帰ってきていない部屋に貴史を上げた。
「今準備するから、座って待ってて。エアコンは入れておいたから」
「うん」
「冷たいもの飲む？」
「何がある？」
「ジュースかファンタ」
「じゃあ、ファンタくれ」
貴史は一気に洋子がくれたファンタグレープを飲み干した。
洋子はバスタオルと手ぬぐいを用意して、貴史に声を掛けた。
「いいわよ、先に入って。ここにタオル置いておくから、使って」
「サンキュー、じゃあ使わせてもらうよ」
ジャーと言う音が聞こえて、貴史はシャワーを浴び始めた。洋子は、その間に二階の自分の部屋へ行ってエアコンをつけた。少し片づけして綺麗にして、下の階の居間に降りてきた。
「いや〜気持ちよかったよ。こんな格好ですまんね」貴史はトランクスだけで髪を拭きながら出てきた。
「嫌だ、もう・・・そんな格好して」
「男だから、いいだろう？」
「私だからいいけど、お母さんの前ではやめてね」
「当たり前だろう。するわけ無いよ」
「私、入ってくる」
「ああ、待ってるよ」
シャワーの音が貴史の耳に聞こえた。ちょっとだけ洋子の姿を想像した。この後、洋子の母親が帰ってこなかったらどうなるんだろうかと気になった。今日は心の準備が出来ていないから、帰ろうと服を着始めた。
洋子は大きめのTシャツを部屋着代わりのように羽織って、出てきた。
「お待たせ。あら？服着てるじゃない。気にしたの、私が言った事？」
「違うよ。帰る準備をしただけ」
「どういうこと？シャワーを浴びたのよ二人とも。何言ってるの？」
「洋子こそ何言ってるんだ？汗かいたからシャワー使わせてもらったんだぞ」
「貴史の・・・バカ！そんなこと本気で言ってるの！」
「すぐ怒るな。今日は本当に帰らないといけないんだよ。それより考えたんだけど聞いてくれないかい？」
「何をよ・・・」
明らかに洋子は機嫌が悪かった。そうだろう、思い切って誘ったのに乗ってこない貴史がふがいなく感じられたからだ。
「旅行に行く話だけど、諏訪湖に行かないか？」
「諏訪湖？どうして？」
「うん、おばあちゃんの疎開先ってその辺りだろう。行ってみたくなったんだ」
「そう・・・そういうことね。貴史と一緒なら構わないけど、仲良くしてよ、絶対に」
「解ったよ。お前怖い顔すると鬼みたいだな」
「誰が鬼よ！酷いことを言うのね、あなたがそうさせるんじゃないの！」
「そうか・・・俺は普通だけどな」
「女心が全然わかってない！最低男」
「それは酷いぞ！まあいいや、今日は帰る。また連絡するから」
洋子は気分を害していたので見送りには出てゆかなかった。
片山家の本屋は千鶴子が居る深川だったが、東京大空襲で焼けて、戦後に立て直したため以前のような邸宅には出来なかった。千鶴子と秀和の二人暮しだったので小さな平屋で我慢した。秀和は結婚すると家を出てしばらくは都営住宅に住んでいたが、恵子と貴史が生まれて思い切って今の滝野川に住まいを構えた。
貴史は池袋からバスで滝野川まで帰った。荒川線に乗ることもある。
「ただいま！遅くなってゴメン」
「貴史、心配したわよ。おばあちゃん夕方には帰って行ったっていうから。どうしてたの？」
「うん、洋子の家に行ってた」
「送って行っただけでしょ？そう聞いたわよ」
「そのつもりだったんだけど、汗かいてたから、シャワー使わせてもらったんだ」
「シャワー？・・・それだけ」
「何が言いたいんだよ、母さんは」
「変に取らないでよ。ご飯とか頂いたのかなあって思っただけよ」
「うそ、俺と洋子が何かしたとでも言いたいんだろう」
「したの？」
「バカ！するわけ無いだろう。して欲しかったのか？」
「まあ、生意気な事言って！母親に向かって。心配しているのに」
「それより、俺諏訪湖に行きたいから金くれよ」
「何で？」
「おばあちゃんが疎開していた岡谷に行って見たいんだよ」
「戦争の研究のため？」
「そう。疎開先の家に頼めば泊めてくれそうな気がするんだけど、厚かましいかなあ？」
「良く解らないけど、ちょっとね。おばあちゃんに聞いてみたら？」
「ああ、そうするよ。泊まれるところもついでに聞いておくから」
貴史から岡谷の百瀬の家を訪ねたいと聞かされた千鶴子は、年賀状を見ながら住所と電話番号を探して貴史に伝えた。
「もう邦夫さんは亡くなっているから、奥さんの佳代さんに私のこと話すと覚えてくれていると思うわ。いい返事が貰えるといいね」
「ありがとう。僕が電話してお願いしてみる」
百瀬佳代の夫、百瀬家の主はすでに亡くなっていた。再婚をせず、ずっとそのまま佳代は子育てをしながら暮らしていたが、百姓が出来なくなり佳代の代で農業を廃業した。
「こんな時間に申し訳ありません。片山貴史といいます。佳代さんは居られますでしょうか？」
貴史は百瀬の家に電話を掛けていた。
「はい、少しお待ち下さい」そう返事した女性は佳代の長女だった。
「佳代ですが、片山貴史さんと申されますと・・・」
「はい、片山千鶴子の孫です」
「ええ！千鶴子さんのお孫さん！これはこれは懐かしいお名前を聞きました。千鶴子さんはお元気ですか？」
「はい、とても。さっきまで話をしていました。実は夏休みの自由研究で戦争を考えようとおばあちゃんに話を聞きに行ったんです。そこで、疎開の話しがでて、一度お邪魔したいなあと思いお電話をしました」
「そうだったの。偉いわね。今何年生なの？」
「はい、高校二年です」
「17歳かしら？」
「はい、そうです」
「亡くなった夫の邦夫さんと結婚したのが17歳だったのよ」
8月14日も夕方になってきた。今日は家に帰らないといけなかったので、貴史は洋子を連れて千鶴子の家を出た。
「おばあちゃん、また続きを聞かせて欲しいから来るね。今日はお母さんに帰るって約束したから残念だけど洋子を送ってから家に戻るね」
「貴史、いつでも構わないよ。私は家に居るから。お前が来ることを楽しみにしてるよ。洋子さん、あなたも良かったら一緒に来てくださいね」
「おばあさま、ありがとうございます。是非来させて頂きます」
地下鉄の改札口まで貴史は洋子を歩いて送っていった。入り口が見え始めたとき洋子の握っている指に力が入った。
「貴史、帰りたくない・・・」
「何言ってるんだ？また逢えるじゃないか」
「もう少し居たいの。ね？いいでしょ・・・」
「俺の家に来るか？」
「二人だけがいいの」
「ええ？どこで話すって言うの」
「私の家に来て、母は出かけて留守だから、多分」
「多分かよ。おばさん帰ってきたら変に思わないか？」
「貴史だから何も思わないわよ」
「そうかな、高二だぜ、もう俺たち」
「大丈夫よ。ねっ、来て」
「解ったよ。少しだけだぜ」
門前仲町から二人は洋子の家がある神保町まで地下鉄で行った。日が落ちてきて少し涼しく感じられたが、アスファルトの照り返しは結構遅い時間まで都内を保温していた。
「まだ、暑いなあ」
「そうね、もう汗びっしょりになっちゃったわね」
「俺もだ」
「家に着いたら、シャワー浴びましょう。着替え無いけど我慢してね」
「ありがとう。助かるよ。さっぱりしたいから」
洋子は持っていた鍵でドアーを開け母親がまだ帰ってきていない部屋に貴史を上げた。
「今準備するから、座って待ってて。エアコンは入れておいたから」
「うん」
「冷たいもの飲む？」
「何がある？」
「ジュースかファンタ」
「じゃあ、ファンタくれ」
貴史は一気に洋子がくれたファンタグレープを飲み干した。
洋子はバスタオルと手ぬぐいを用意して、貴史に声を掛けた。
「いいわよ、先に入って。ここにタオル置いておくから、使って」
「サンキュー、じゃあ使わせてもらうよ」
ジャーと言う音が聞こえて、貴史はシャワーを浴び始めた。洋子は、その間に二階の自分の部屋へ行ってエアコンをつけた。少し片づけして綺麗にして、下の階の居間に降りてきた。
「いや〜気持ちよかったよ。こんな格好ですまんね」貴史はトランクスだけで髪を拭きながら出てきた。
「嫌だ、もう・・・そんな格好して」
「男だから、いいだろう？」
「私だからいいけど、お母さんの前ではやめてね」
「当たり前だろう。するわけ無いよ」
「私、入ってくる」
「ああ、待ってるよ」
シャワーの音が貴史の耳に聞こえた。ちょっとだけ洋子の姿を想像した。この後、洋子の母親が帰ってこなかったらどうなるんだろうかと気になった。今日は心の準備が出来ていないから、帰ろうと服を着始めた。
洋子は大きめのTシャツを部屋着代わりのように羽織って、出てきた。
「お待たせ。あら？服着てるじゃない。気にしたの、私が言った事？」
「違うよ。帰る準備をしただけ」
「どういうこと？シャワーを浴びたのよ二人とも。何言ってるの？」
「洋子こそ何言ってるんだ？汗かいたからシャワー使わせてもらったんだぞ」
「貴史の・・・バカ！そんなこと本気で言ってるの！」
「すぐ怒るな。今日は本当に帰らないといけないんだよ。それより考えたんだけど聞いてくれないかい？」
「何をよ・・・」
明らかに洋子は機嫌が悪かった。そうだろう、思い切って誘ったのに乗ってこない貴史がふがいなく感じられたからだ。
「旅行に行く話だけど、諏訪湖に行かないか？」
「諏訪湖？どうして？」
「うん、おばあちゃんの疎開先ってその辺りだろう。行ってみたくなったんだ」
「そう・・・そういうことね。貴史と一緒なら構わないけど、仲良くしてよ、絶対に」
「解ったよ。お前怖い顔すると鬼みたいだな」
「誰が鬼よ！酷いことを言うのね、あなたがそうさせるんじゃないの！」
「そうか・・・俺は普通だけどな」
「女心が全然わかってない！最低男」
「それは酷いぞ！まあいいや、今日は帰る。また連絡するから」
洋子は気分を害していたので見送りには出てゆかなかった。
片山家の本屋は千鶴子が居る深川だったが、東京大空襲で焼けて、戦後に立て直したため以前のような邸宅には出来なかった。千鶴子と秀和の二人暮しだったので小さな平屋で我慢した。秀和は結婚すると家を出てしばらくは都営住宅に住んでいたが、恵子と貴史が生まれて思い切って今の滝野川に住まいを構えた。
貴史は池袋からバスで滝野川まで帰った。荒川線に乗ることもある。
「ただいま！遅くなってゴメン」
「貴史、心配したわよ。おばあちゃん夕方には帰って行ったっていうから。どうしてたの？」
「うん、洋子の家に行ってた」
「送って行っただけでしょ？そう聞いたわよ」
「そのつもりだったんだけど、汗かいてたから、シャワー使わせてもらったんだ」
「シャワー？・・・それだけ」
「何が言いたいんだよ、母さんは」
「変に取らないでよ。ご飯とか頂いたのかなあって思っただけよ」
「うそ、俺と洋子が何かしたとでも言いたいんだろう」
「したの？」
「バカ！するわけ無いだろう。して欲しかったのか？」
「まあ、生意気な事言って！母親に向かって。心配しているのに」
「それより、俺諏訪湖に行きたいから金くれよ」
「何で？」
「おばあちゃんが疎開していた岡谷に行って見たいんだよ」
「戦争の研究のため？」
「そう。疎開先の家に頼めば泊めてくれそうな気がするんだけど、厚かましいかなあ？」
「良く解らないけど、ちょっとね。おばあちゃんに聞いてみたら？」
「ああ、そうするよ。泊まれるところもついでに聞いておくから」
貴史から岡谷の百瀬の家を訪ねたいと聞かされた千鶴子は、年賀状を見ながら住所と電話番号を探して貴史に伝えた。
「もう邦夫さんは亡くなっているから、奥さんの佳代さんに私のこと話すと覚えてくれていると思うわ。いい返事が貰えるといいね」
「ありがとう。僕が電話してお願いしてみる」
百瀬佳代の夫、百瀬家の主はすでに亡くなっていた。再婚をせず、ずっとそのまま佳代は子育てをしながら暮らしていたが、百姓が出来なくなり佳代の代で農業を廃業した。
「こんな時間に申し訳ありません。片山貴史といいます。佳代さんは居られますでしょうか？」
貴史は百瀬の家に電話を掛けていた。
「はい、少しお待ち下さい」そう返事した女性は佳代の長女だった。
「佳代ですが、片山貴史さんと申されますと・・・」
「はい、片山千鶴子の孫です」
「ええ！千鶴子さんのお孫さん！これはこれは懐かしいお名前を聞きました。千鶴子さんはお元気ですか？」
「はい、とても。さっきまで話をしていました。実は夏休みの自由研究で戦争を考えようとおばあちゃんに話を聞きに行ったんです。そこで、疎開の話しがでて、一度お邪魔したいなあと思いお電話をしました」
「そうだったの。偉いわね。今何年生なの？」
「はい、高校二年です」
「17歳かしら？」
「はい、そうです」
「亡くなった夫の邦夫さんと結婚したのが17歳だったのよ」
作品名：「夢の続き」 第三章 二人の旅行 作家名：てっしゅう