マーメイドマン
その二人は何も話せないフィンを優しく労り、着古した服も与えてくれた。小さな老人の服にはフィンの身体は収まりきれず、広い胸がはだけてしまったが。
数日もするとフィンは陸上の生活も次第に慣れ、老人たちの話す言葉も少しずつわかるようになってきた。
力強いフィンは彼等を手伝い、喜ばせた。
が、夜になるとフィンは陸に上がって最初に感じたあの疼くような苛立ち、狂おしさが絶えず襲ってくる。時には昼間でもふとした瞬間にフィンを責め立てた。
それは必ず、今では王子だと判ったあの美しい若い男を思い描いてしまった時だった。
そしてあの時と同じように彼のものは固く屹立してフィンを戸惑わせた。どうしていいか判らなかったがいつの間にかそれに触れ擦ることで自分を慰められることを知った。白い液が体内から放たれた後は嵐は収まるがどうしようもなく胸が痛くなるのだった。
ある日、城から使いの者が来た。王子さまとお姫様が直々に二人に礼をなさりに来られたのだった。お二人は近々結婚式を挙げられるのだ。
大喜びをする老人たちの後でフィンは黙って王子を見つめていた。
自分が助けた若い男は今はさらに飾り立てた服を身にまとい、美しい姫を側にして眩しいほどだった。
栗色の髪と愛らしい顔はそのままで、今は見ることができるその瞳は星のように輝いていた。フィンは何度その姿を思い己の熱い血を滾らせたか、数え切れない。
王子はふと目を上げ、奥に隠れるように立つフィンに気づいた。
その眼差しはなにかを問いかけるようだったが、隣の美しい姫が彼を促した。
王子は躊躇った後、フィンの方を見て話しかけた。
「今宵は祝いの舞踏会をするのです。是非あなたもおいでください」
困ったような老人の顔を見てお付きの者が王子に囁いた。
「心配はしなくていい。身につけるものは城で用意しましょう」
王子の優しい声はフィンの心を突き刺すようだった。
やっと会えたあの人はもう別の人のものだった。
それも女という種類の。
兄たちは精液をかける相手を探して楽しんでいたが、自分はどうしてもそんな気持ちになれないでいた。
王子を見た時、自分と同じ気持ちでいてくれるような気がした。精液をかけ合えるのではないかと。
肉体が変化し、新しい芽生えた器官から発するものがそれであると気づいてからは王子とどんな風に愛を交わせばいいのか、そればかりを考えていた。
だが、王子は自分とは違っていた。自分の願いは果たされることはできないのだ。
その時、海底の男の声が聞こえてきた。
「もしお前の願いが果たせなければお前はその時、死んでしまうのだ」
あの人に会うことはできた。だがフィンの願いは王子と契り合うことだった。
二人の魂が結ばれ、身体を寄せ合い、永遠に側にいること。
だがそれができないのなら死んでしまっても悔いはない。
王子が美しい姫と城へ戻ると親切な老人たちはフィンのために喜んでくれたが、フィンは悲しげな目をして自分が辿り着いた海岸へと向かった。
「フィン」
彼の名を呼ぶ声に驚いて見ると海の中に彼の兄たちがいるではないか。
「フィン。海底の男から話を聞いた。そして王子が姫と結ばれるという話も。
いいか。お前がその王子を殺してその血を浴びればお前は元の姿に戻ることができるのだ。その為に今夜の舞踏会に行き、王子の側に近づくのだ」
フィンは王子を殺そうとは微塵も思わなかった。あの美しい若い男が幸せになるのならそれだけでいい。
ただもう一度あの愛らしい純真な顔を見て心にとどめておきたかった。
フィンは王子が残した言葉通りに城へ行き、新しい立派な服を着せてもらった。
身体に合った豪奢な服はフィンをまるで海から来た王のように見せた。
大勢の人が集まった舞踏会が始まった。王子と姫は光り輝くような美しさだった。フィンはひっそりと佇んで王子の姿を見つめていた。
見れば見るほどその姿は愛しく思われ、舞踏会が終わるまでフィンは苦しみ続けた。陸に上がったあの時と同じように体中が痺れ脈打ち、身体の奥の痛いほどの疼きは激しくなるばかりだった。
結婚式の前夜の王子は一人で部屋に戻った。フィンが部屋を開けようとすると扉には鍵はかかっていなかった。
戸惑いながらフィンは中に入った。
「来てくれたんだね」
声の主を見るとそれは王子だった。頬は上気して目が輝いている。絶えきれないほどの愛らしさだ。
「あの時、ぼくを救ってくれたのはきみだったのじゃないか?皆は老人たちが助けてくれたと言ったのだけど、ぼくはとても大きな身体の若い男がぼくを抱いていてくれたような気がするんだ。夢かと思っていたけど、あの家できみを見た時、もしやと思った。ずっときみのことが忘れられなかった」
フィンは一言も話せなかったが、その必要はなかった。
フィンは自分より少し小さな王子を抱きしめた。王子はフィンの背中に腕を回しその唇に口づけをした。
二人はどちらともなく服を脱ぎ捨て、互いの身体を見つめた。
互いに留まらぬ愛ではち切れそうになっている。
戸惑うフィンを王子は優しく導き何度も喜びを味わった。
王子の愛を舌で受け止めた時、フィンは身体の変化を感じた。
「どうしたの?」不安げに聞く王子をフィンは抱きしめた。
「なんでもない。きみだけが好きなんだ」
初めて声を聞いた王子は驚いたが、深い響きのあるその声が王子をまた昂ぶらせた。
「ぼくもだ。ずっとこうしていたい」
若い身体が疲れ果てるほど繰り返した後で、二人はそっと城を抜け出した。月の光の中でやっと会えた愛する人ともう離れることはしないと舟をこぎ出したのだ。
二人は海の向こうへと渡っていったそうだが、その行く先は誰も知らない。
一人残された姫はどうなったのか。
ご安心なされ。また新しい王子さまを見つけて盛大な結婚式を挙げ、今では孫もひ孫もたんといるそうな。
おしまい。