海竜王 霆雷 銀と闇2
取り落とした茶器は、床に衝突する前に、深雪が能力で浮かした。それから、ボコンと一発、現れた小竜に拳骨して、義兄に頭を下げた。
「こういう生き物だよ? 胡兄。」
「親父、まずは、なぜ、まずかったかを説明してから制裁は加えてくれ。意味がわかんないぞ。」
殴られても泣くわけでもなく、うーうーと頭を擦っている小竜に、胡は唖然としてから噴出した。
「あはははは・・・・本当におもしろい小竜だ。」
だが、この程度では怯まない。こんなこと、六百年以上前に体験したことだ。それよりも、驚いたのは、その波動だ。妖気と判じてもよいほどの黒い波動は、今まで出会ったことがない強いものだった。義弟の真っ白で銀色の輝きを放つ波動とは正反対だ。
「礼儀の何たるかを知らない小竜なので失礼ばかりだけど、次代に相応しいと俺は喜んでいるんだ。・・・・・霆雷、呼んで現れたら、まずは挨拶だと思うんだが? いきなり、喧嘩するような場面じゃないのは解っていて、その恫喝はいただけないだろ? 」
前半は義兄に、後半は義理の息子に、言葉を紡ぎ、それから、もう一度、義兄に頭を下げる。最初から、和やかな雰囲気であることは、霆雷は把握している。それなのに、脅しともとれる言葉を吐いたのは、父親を守るためだ。それも解るのだが、雰囲気からして、そういうことではないのだから、大人しく現れろ、と、言いたい。
「どうかつ? なんじゃ、それは? 」
「今のおまえの態度だ。・・・・挨拶しろ。」
ぎろっと父親が睨むと、小竜も、朱雀の長に顔を向けた。しかし、「よおう、俺、霆雷。よろしく。」 と、片手を挙げている。
それを見て、はあ、と、息を吐いて深雪は、もう一度、小竜に拳骨した。すると、「はじめまして。俺は霆雷です。」 と、言い直した。まさに、野生動物を扱っているようなノリだ。
「なるほど、これは大変そうだ。」
「わかっただろ? 」
「だが、とても気に入ったよ、深雪。是非とも、私も子育てに参戦したくなったよ。この子の成長は、とてもいい娯楽になりそうだ。」
「い? 」
「だって、あなたも、こんなものだったよ? 私は、あなたで鍛えられているからね。動じることはないさ。」
「いや、胡兄。俺より酷いよ、こいつは。俺は暴れたら寝てたけど、こいつは寝込まないんだ。健康体で、それでいて俺と同じ能力もある。」
「健康体? それはそれは・・・・では、本気で相手をしても構わないと言うことか。それは何よりだ。・・・・小竜、私は、あなたの父上の義理の兄で、胡と申します。どうぞ、よろしく。」
幼少の深雪は病弱で、ちょっと暴れると途端に眠りこける小竜だったから胡としても、無理はさせないように気は配っていた。だが、今度は、その心配はないというのなら存分に相手をしてやれる。未だに、体力的には劣る深雪には、寝込んだと聞かされたら、かなり心配させられるからだ。
「うん、よろしくっっ。赤い鳥だけど、廉や蓮貴妃とは違うんだな。色が全然違う。」
「姉や蓮貴妃は、紅というに相応しい色だ。私は、橙色に近いからね。だが、私のほうが高温の翼なのだよ、小竜。」
剣技では姉にも蓮貴妃にも敵わないが、朱雀本来の能力としては、胡のほうが上だ。朱雀本体となって火炎を吐き出せば、それは、紅竜王よりも高い温度となる。何千度の温度のなかでも自由に動き回ることは可能だ。それが朱雀の特殊能力である。
「燃えるの? 」
「ああ、戦いになればね。」
「じゃあ、喧嘩して。一回、見たいっっ。」
「私は構わないけど・・・・深雪、ちょっといいかな? 」
廉も蓮貴妃も本来の戦闘体型なんてならないから、小竜は興味津々で強請る。怪我をすることはないので、深雪も、「焼き竜にしてやってくれ、胡兄。」 と、軽く頷いた。
「それじゃあ、上でやろう。」
「オッケーっっ。じゃあ、親父、ちょっくら行って来るぜ。」
さすがに、ここでやったら被害が出るので、水晶宮の上空へ登ることにした。飛び上がろうとする小竜の首根っこを捉まえて、深雪は、「瞬間移動禁止だぞ、霆雷。」 と、命じた。それを使ったら、胡は不利だからだ。
「えーーーーーそれがないと、俺、燃えちゃうだろ? 」
「燃えない。・・・胡兄、俺、審判ね。こいつが跳んだら叩き落すから。」
「はいはい、それでいいよ。」
それから、小一時間、朱雀は赤い炎を吐き出し、小さい黒竜は波動を投げ、公宮から黄龍ニ匹が止めに来るまで暴れていた。さすがに、火の玉なんて初めてだから、小竜も逃げるほうが忙しかったので、波動を叩きつけるには至らなかった。もし、そうなっても、深雪が叩き込まれる前に消し去るつもりでいた。
朱雀の戦闘体型なんて、滅多にお目にかかれるものではない。胡は、自身で自慢したように、戦闘体型となると炎を纏った。それも紅い炎ではない。青白く燃え上がる美しい焔で、纏った朱雀の体質を、さらに輝かせるものだった。
「胡おじさん、すっげぇーな。まだまだ、俺じゃあ相手にならないや。」
「はははは・・・そりゃ年季が違う。だが、いい運動にはなったよ、小竜。」
胡は、容赦なく攻撃してくる霆雷に、適度な相手をしてくれた。まだ、小竜だから攻撃が一辺倒で、わかりやすい。
「まったく、何をやっていらっしゃるんでしょう? 背の君。」
にこにこと互いの健闘を称えている朱雀の長と小竜を横目に、女主人は、夫の横に近寄った。
「本物の朱雀の戦闘体型が見たいって、ちびが強請ったんだよ。まあ、これで、まだまだ未熟だと、ちびも思い知っただろうさ。」
人間だった時から携えている特殊能力というものは、戦いに有効だが、それを駆使するには、経験が必要になる。絶大な力となるのは、成人してからだから、まだまだ敵わないのだと自覚させるのに、義兄との手合わせをさせたのだ。その意図を理解して、義兄も、それなりの攻撃をしてくれた。もちろん、瞬間移動を使えば、今でも義兄を叩きのめすことはできる。だが、体力的に最後まで保つことが出来るかどうかが鍵になる。すでに、小竜はへとへとだ。
「ほほほほ・・・・胡義兄上も楽しんでおられたみたいですから、不問に付します。」
そういうことなら、よいのです、と、華梨も微笑む。神仙界最強の自分たちに勝つには、まだまだと解らせるのは良いことだ。
「俺の時は、かなり気を遣ってくれていたからね。胡兄が楽しんでくれてよかった。」
自分の時は、怖くてできません、と、義兄は手合わせなんてしてくれなかった。力を使えば弱ってしまうことがわかっていたからだ。だから、散歩したり書物を読んだり、という穏やかな子守りをしてくれていた。健康体だと言った時、義兄は、それはそれは嬉しそうに深雪に微笑んだのだ。ずっと、それが歯がゆいと悔しがっていた深雪を知っていたからだ。
「ですが、戦闘体型はやりすぎではありませんか? 」
「いいんじゃないか? 俺も見たことがなかったぐらいだ。」
全身に炎を纏いつかせた朱雀の戦闘体型なんて、滅多に見られるものではない。廉が、そうなったことはあるのだが、生憎と深雪は意識がなかったので、拝んでいない。
ふわりと人型に戻って、胡も近寄ってくる。良い子ですよ、と、笑っている。
「こういう生き物だよ? 胡兄。」
「親父、まずは、なぜ、まずかったかを説明してから制裁は加えてくれ。意味がわかんないぞ。」
殴られても泣くわけでもなく、うーうーと頭を擦っている小竜に、胡は唖然としてから噴出した。
「あはははは・・・・本当におもしろい小竜だ。」
だが、この程度では怯まない。こんなこと、六百年以上前に体験したことだ。それよりも、驚いたのは、その波動だ。妖気と判じてもよいほどの黒い波動は、今まで出会ったことがない強いものだった。義弟の真っ白で銀色の輝きを放つ波動とは正反対だ。
「礼儀の何たるかを知らない小竜なので失礼ばかりだけど、次代に相応しいと俺は喜んでいるんだ。・・・・・霆雷、呼んで現れたら、まずは挨拶だと思うんだが? いきなり、喧嘩するような場面じゃないのは解っていて、その恫喝はいただけないだろ? 」
前半は義兄に、後半は義理の息子に、言葉を紡ぎ、それから、もう一度、義兄に頭を下げる。最初から、和やかな雰囲気であることは、霆雷は把握している。それなのに、脅しともとれる言葉を吐いたのは、父親を守るためだ。それも解るのだが、雰囲気からして、そういうことではないのだから、大人しく現れろ、と、言いたい。
「どうかつ? なんじゃ、それは? 」
「今のおまえの態度だ。・・・・挨拶しろ。」
ぎろっと父親が睨むと、小竜も、朱雀の長に顔を向けた。しかし、「よおう、俺、霆雷。よろしく。」 と、片手を挙げている。
それを見て、はあ、と、息を吐いて深雪は、もう一度、小竜に拳骨した。すると、「はじめまして。俺は霆雷です。」 と、言い直した。まさに、野生動物を扱っているようなノリだ。
「なるほど、これは大変そうだ。」
「わかっただろ? 」
「だが、とても気に入ったよ、深雪。是非とも、私も子育てに参戦したくなったよ。この子の成長は、とてもいい娯楽になりそうだ。」
「い? 」
「だって、あなたも、こんなものだったよ? 私は、あなたで鍛えられているからね。動じることはないさ。」
「いや、胡兄。俺より酷いよ、こいつは。俺は暴れたら寝てたけど、こいつは寝込まないんだ。健康体で、それでいて俺と同じ能力もある。」
「健康体? それはそれは・・・・では、本気で相手をしても構わないと言うことか。それは何よりだ。・・・・小竜、私は、あなたの父上の義理の兄で、胡と申します。どうぞ、よろしく。」
幼少の深雪は病弱で、ちょっと暴れると途端に眠りこける小竜だったから胡としても、無理はさせないように気は配っていた。だが、今度は、その心配はないというのなら存分に相手をしてやれる。未だに、体力的には劣る深雪には、寝込んだと聞かされたら、かなり心配させられるからだ。
「うん、よろしくっっ。赤い鳥だけど、廉や蓮貴妃とは違うんだな。色が全然違う。」
「姉や蓮貴妃は、紅というに相応しい色だ。私は、橙色に近いからね。だが、私のほうが高温の翼なのだよ、小竜。」
剣技では姉にも蓮貴妃にも敵わないが、朱雀本来の能力としては、胡のほうが上だ。朱雀本体となって火炎を吐き出せば、それは、紅竜王よりも高い温度となる。何千度の温度のなかでも自由に動き回ることは可能だ。それが朱雀の特殊能力である。
「燃えるの? 」
「ああ、戦いになればね。」
「じゃあ、喧嘩して。一回、見たいっっ。」
「私は構わないけど・・・・深雪、ちょっといいかな? 」
廉も蓮貴妃も本来の戦闘体型なんてならないから、小竜は興味津々で強請る。怪我をすることはないので、深雪も、「焼き竜にしてやってくれ、胡兄。」 と、軽く頷いた。
「それじゃあ、上でやろう。」
「オッケーっっ。じゃあ、親父、ちょっくら行って来るぜ。」
さすがに、ここでやったら被害が出るので、水晶宮の上空へ登ることにした。飛び上がろうとする小竜の首根っこを捉まえて、深雪は、「瞬間移動禁止だぞ、霆雷。」 と、命じた。それを使ったら、胡は不利だからだ。
「えーーーーーそれがないと、俺、燃えちゃうだろ? 」
「燃えない。・・・胡兄、俺、審判ね。こいつが跳んだら叩き落すから。」
「はいはい、それでいいよ。」
それから、小一時間、朱雀は赤い炎を吐き出し、小さい黒竜は波動を投げ、公宮から黄龍ニ匹が止めに来るまで暴れていた。さすがに、火の玉なんて初めてだから、小竜も逃げるほうが忙しかったので、波動を叩きつけるには至らなかった。もし、そうなっても、深雪が叩き込まれる前に消し去るつもりでいた。
朱雀の戦闘体型なんて、滅多にお目にかかれるものではない。胡は、自身で自慢したように、戦闘体型となると炎を纏った。それも紅い炎ではない。青白く燃え上がる美しい焔で、纏った朱雀の体質を、さらに輝かせるものだった。
「胡おじさん、すっげぇーな。まだまだ、俺じゃあ相手にならないや。」
「はははは・・・そりゃ年季が違う。だが、いい運動にはなったよ、小竜。」
胡は、容赦なく攻撃してくる霆雷に、適度な相手をしてくれた。まだ、小竜だから攻撃が一辺倒で、わかりやすい。
「まったく、何をやっていらっしゃるんでしょう? 背の君。」
にこにこと互いの健闘を称えている朱雀の長と小竜を横目に、女主人は、夫の横に近寄った。
「本物の朱雀の戦闘体型が見たいって、ちびが強請ったんだよ。まあ、これで、まだまだ未熟だと、ちびも思い知っただろうさ。」
人間だった時から携えている特殊能力というものは、戦いに有効だが、それを駆使するには、経験が必要になる。絶大な力となるのは、成人してからだから、まだまだ敵わないのだと自覚させるのに、義兄との手合わせをさせたのだ。その意図を理解して、義兄も、それなりの攻撃をしてくれた。もちろん、瞬間移動を使えば、今でも義兄を叩きのめすことはできる。だが、体力的に最後まで保つことが出来るかどうかが鍵になる。すでに、小竜はへとへとだ。
「ほほほほ・・・・胡義兄上も楽しんでおられたみたいですから、不問に付します。」
そういうことなら、よいのです、と、華梨も微笑む。神仙界最強の自分たちに勝つには、まだまだと解らせるのは良いことだ。
「俺の時は、かなり気を遣ってくれていたからね。胡兄が楽しんでくれてよかった。」
自分の時は、怖くてできません、と、義兄は手合わせなんてしてくれなかった。力を使えば弱ってしまうことがわかっていたからだ。だから、散歩したり書物を読んだり、という穏やかな子守りをしてくれていた。健康体だと言った時、義兄は、それはそれは嬉しそうに深雪に微笑んだのだ。ずっと、それが歯がゆいと悔しがっていた深雪を知っていたからだ。
「ですが、戦闘体型はやりすぎではありませんか? 」
「いいんじゃないか? 俺も見たことがなかったぐらいだ。」
全身に炎を纏いつかせた朱雀の戦闘体型なんて、滅多に見られるものではない。廉が、そうなったことはあるのだが、生憎と深雪は意識がなかったので、拝んでいない。
ふわりと人型に戻って、胡も近寄ってくる。良い子ですよ、と、笑っている。
作品名:海竜王 霆雷 銀と闇2 作家名:篠義