『消えた砂丘』 5
しかし、黒井父は祖母からの許可を盾に、どうしても動こうとしません。そんな時に、百合子の事件が起きたのです。あの日、実は私が砂防林の外れで途方に暮れている時、玄太郎が現れたのです。人が死んだら土に埋めるんだと言うんで、それであの砂地に二人で百合子を埋めました。帰宅して母にその事を話していた処へ、黒井父が早速やって来て、大変な事になった、世間に知れれば正治君は一生妹殺しの汚名を着て生きなければならない、それじゃ余りにも可愛そうだと言い、この秘密を他言せぬ代わりに酒蔵立ち退きを取り消すよう要求したのです。母はこの要求を呑をみました。私の為を思って。ところが、黒井父の腹黒さは一通りではなかったのです。次々に要求をだし、都度母はそれを吞まされ、気が付いた時には所有林の殆どが黒井名義に代わっていました。さすが、家屋敷だけは残してくれましたが。田畑は元々無かったのです。酒屋ですので。次に狙われたのが、私です。成人するのを待って、町会議員に立候補させられ、市に昇格すると、今度は市会議員、遂には市長選挙にと彼等の操り人形のように利用されて来たのです。今回の収賄も彼等の指示で賄賂も総て彼等の懐に入っています」
聞き終わった時の、鬼沢の顔は正に仁王様そのもの形相に変わっていた。
さっと立つなり、隣室に入って行った。
「おい、黒井。てめえ、いや、てめえの親父も揃ってとんでもねえ悪党だ。散々世話になった桜田家を二代に亘って食い物にしやがって。恩を仇で返すとは、この事だ。恥を知れ。何が町一番の実業家だ、笑わせるんじゃねえや。俺がてめえら二人を二度と腰の立たねえように徹底的に打ちのめしてやるからな、覚悟しやがれ」
豹変した鬼沢の態度に、黒井は仰天、呆気にとられている。
鬼沢は、いきなり黒井の胸倉を掴み上げた。
二十センチ余りも背丈の違う黒井は、宙に吊り上げられ、脚をばたつかせている。
「くるしい、何すんですか。離してくださいよ。暴力はいけません、刑事さん」
「うるせえ、てめえみてえな悪党は、これでもまだ不十分だ。なんだったら、一時間ぐれえ、こうしとこうか」
「勘弁してくださいよー」
「おい、黒井」
「はい」
「おお、いい返事だ。てめえ、戸橋をどう知った」
「戸橋」
「しらばくれんじゃねえよ、この野郎」
「話します。話しますから、離して下さいよ」
「何だ、この野郎、洒落など言う余裕が未だあんのか」
「刑事さん、飯岡組をご存知でしょう」
「ああ、知ってるよ。それがどうした」
「戸橋は飯岡組にでかい借金を作ってしまって、腎臓を売る破目になり、わたしの処へ泣きついて来たんですよ」
「それで」
「わたしも、釣り仲間として付き合いはありましたが、多額の金を貸すほどの間柄じゃなかったので断りましたがね。ところが、戸橋がこんな事を口にしたんですよ」
「どんな事を、言ったのかね」
「この前の高潮騒ぎの後で、俺は変な物を見ちゃったとね。餓鬼の白骨が、あんな処にある筈がねえ、犯罪性プンプンだってね。ネタもいいが、もっと金になる方法があんじゃねえか、とか」
「それで、てめえが殺したのか。公表されたら、恐喝続けられねえもんなあ」
「とんでもないですよ」
「それで、どうした」
「それから、暫くしたある日、わたしが店仕舞いをしてる処へ、彼が来ましてね。見ると胸の辺りが血だらけで、わたしにしがみ付くなりその場にズルズルッと倒れ込んでしまったんですよ。びっくりしてるところへ、若い男共が四、五人やって来て「てめえ、見たな」とか、言ってわたしを刺そうとしましたので、わたしゃ、必死に命乞いをしたら、じゃ見逃してやる条件として戸橋の死体の後始末をしろと要求されたんです。色々考えた末に、百合子と同じ場所に埋めたんですよ」
「てめえにとっちゃ、随分と都合のいい作り話だな」
「作り話なんかじゃありませんよ。ほんとですよ」
「わかった。飯岡組は、叩いてみよう。しかし、てめえがゲロったからって、永年の恐喝、それに死体遺棄は重罪だからな、覚悟しとけよ」
鬼沢は、同室していた係員に黒井の留置を指示すると、桜田のいる部屋に戻って来た。
「桜田さん、黒井が喋りましたよ。送検間違いなしです。桜田さんは私の方からも検察に良く話しておきます。なーに、情状酌量で執行猶予となりますよ。こりゃ、ちょっと、喋りすぎかな、あははは」
「有難うございます」
桜田は、深々と頭を下げた。
続