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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』  5

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『消えた砂丘』   5


翌朝出勤した鬼沢警部補は昨夜の110番騒ぎを聞いて、桜田と黒井の二人が署に出向いて来るのを心待ちにした。
桜田は医者に寄り若干遅れるとの連絡があったが、黒井玄太郎は予定の時刻通り姿を見せた。

早速部屋に通され、傷害事件の容疑者としての事情聴取が始まった。

黒井の待つ部屋に入った鬼沢は、一目見てこの人物が桜田とは対照的な一筋縄では行かぬ、海千山千の強(シタタ)かな男と判断した。

骨太な短躯に三つ揃いのスーツを着込み、ベストは腹が突き出てボタンがハチ切れんばかり、その上禿げ頭と来ればどう見ても強欲な高利貸しといった恰好である。
こういう手合いは、下手に出ると見くびって来るが、それが鬼沢の常套手段である。

「お忙しい処、どうも」

黒井は僅かに頭を下げた。
こちらの様子を伺う目付きである。

「昨夜の桜田家での出来事を順を追って説明して貰えませんか」

「いやね、昨夜八時頃、市長から電話があって至急自宅へ来てくれと言うんで飛んでったんですよ。ところが、玄関に入るなり、黒井お前は俺を騙したな、と大声で怒鳴られたんで、あたしゃびっくりしましてね。一体何ですかと聞いたところ、六十年前お前は俺の妹を鉄砲で撃ち殺したろうと、言うんですよ。一瞬意味が分からず戸惑いましたが、言いましたよ。ありゃ、あんたがやったんじゃないかとね。なんでまた、俺のせいなんかにするんだとね。そしたら、今日警察で自分が六十年前に捨てた鉄砲を見せられたが弾が不発のままだった。俺はこの六十年間妹殺しの罪の意識で一時として気の休まる時がなかったが、本当は無実の罪を着せられていたんだ。真犯人はお前だろう。こう言うんですよ。六十年前の鉄砲が何処から飛び出したか知りませんが、どうしてそれが市長の子供の時の鉄砲と判ったんでしょうね兎も角、あたしゃ覚えのない事なので、いい加減な言い掛かりはやめてくれと言い、帰ろうとした処突然殴り掛かって来たんですよ。それで已むを得ず殴り返したんです。それから取っ組み合いとなり、見兼ねた奥さんが110番したと、まあこういう次第で全くお互い年甲斐もなく、お恥ずかしい限りです」
黒井は、そう言って、さも照れくさそうに艶のよい禿頭を掻いた。

鬼沢は、ジッと聞いていたが、黒井の話が一段落すると、

「何で、桜田さんは貴方が真犯人だと思ったのでしょうね」
「さあ、何故か判らないんですよ。あたしにも」
「黒井さん、隠さずにお願いしますよ」
「あたしゃ、何も隠し事はしてません」
そう言い返す表情は、幾分気色ばんでいる。

鬼沢は内心思った。
(よしよし、この調子。こういう手合いは、兎に角興奮させねば尻尾を出さない)

「桜田さんがそう言うからには、貴方も当時ここに住んでいたという事ですね。しかも、同じ鉄砲遊びに加わっていたという事でしょう」
「まあ、そりゃそうですがね」
「百合子ちゃんがいなくなった日、貴方はどうしていたんですか」
「昔の事なんで、余りよく覚えていませんな」
「昔の嫌な記憶は、忘れたいという処ですかな」
鬼沢は、もう一発噛ました。
「刑事さん、そりゃ、それこそ嫌味というものでしょう」
「嫌な事じゃないなら、思い出して貰えませんかね」

黒井は、如何にもわざとらしく額に手を当てて考え込む仕草をしながら、
「あたしの昔の事は余り他人には話したことがなくってね。正直なところ、話したかないんですがね。でも、刑事さんじゃ、仕方がありませんな。あたしの親父は幸か不幸か体が不自由なため戦争にもとられず、手先の器用さから家具の修理などしてなんとか生計を立ててましたよ。それが、あの3月10日の東京大空襲で焼け出され、逃げ遅れた母親と妹が焼け死にましてね。焼け跡に戻って、二人を見つけた時は、そりゃ泣けて泣けて、親父を手伝って二人の遺体を土葬にしましたよ。近所のあっちこっち至る所に焼死体が転がってましてね。ほったらかしで。それから、私ら、仕方なく食い物捜しで歩くうちに、この土地に辿り着いたんですわ。物を貰って歩くのは、そりゃ辛いもんでね、邪険にされる方が多かったですな。そうした中、桜田の家はお祖母さんがとっても親切で、ついつい繰り返しお邪魔したもんですわ。遂には、酒蔵が空いてるからと言って、そこに住まわせて貰いましてな。私ら親子はどれほど嬉しかったか、その上、学校まで行かして貰って。学校じゃ、苛めも最初だけで、すぐ遊びで人気をとりましたわ。鉄砲遊びもしましたな。兎に角、亡くなったお祖母さんには今でも感謝してますわ」
 
黒井の話が途切れるのを待っていた鬼沢は、
「黒井さん、お宅の一家がご苦労されたのは分かりましたが、聞きたいのはその後のことですよ。百合子ちゃんがいなくなった日、あなたはどこで、どうしてたんですか。ハッキリ言って下さい」
「勉強でもしていたんじゃないですか」
「あなたも、砂防林へ行ったんじゃないですか。鉄砲を持って」
「鉄砲、鉄砲ね、あの時は未だ・・・」
「未だ、何ですか」
「いや、別に」
「当時、流行った鉄砲遊びが学校で禁止になったのは、その後でしょうが。あなたも持っていたでしょう」
「ええ、そうですな。持ってましたな、確か」
「どうも、おかしいですね。ひょっとして、貴方じゃ、ないですか」
「何がですか」
「暴発事件の張本人は」
「張本人とは、大げさな。餓鬼の悪戯じゃ、ないですか」
「矢張り、そうだったのか。貴方が皆に教えたんでしょ、鉄砲の作り方を」
「まあね。飛行場から部品を取って来たりして」
「危険な遊びを広めた」
「中学生までが教わりに来ましたよ」
「自慢すべき事じゃないです」
「・・・・・・」
「ところで、最初の質問を繰り返します。何故、桜田さんは貴方を・・・」
「ちょっと、刑事さん、言ったでしょ。これは桜田の誤解なんですよ」
「まっ、いいでしょ。貴方が強情張るなら、それでもいいですよ。桜田さんに聞けばいいんですから」
「桜田も来るんですか。まあ、そりゃ、そうですわな」

鬼沢が席を立つ。
黒井が何か言い掛けたようだが、そ知らぬ振りで鬼沢は部屋を出た。

別室では、桜田が刑事の一人と話していた。
鬼沢の姿を見て、二人とも話をやめた。
「ご苦労さまです。怪我は如何でしたか。大丈夫ですか」
「医者は軽症と言っていました」
「そりゃ、良かったですね」
「お騒がせして申し訳ありません」
「いや、いや。それより、黒井がなかなか喋ってくれないんですよ」
「鬼沢さん、妹殺しの疑いも晴れた現在、もう何も隠す必要はありません。私から、総てを話します。一寸 長い話になりますが聞いて下さい。黒井親子が物貰いとして度々来るのを、うちの祖母が同情し
酒蔵の一部を使って良いと住まわせてあげたのが事の始まりです。学校にも行かなければと、手配もしてあげました。でも、祖母が亡くなった後は、母の考えで、二人に出て行って貰いたいと頼みました。