「夢の続き」 第二章 戦争のこと
第二章 戦争のこと
「中国や東南アジア諸国が欧米の植民地になっていたの。日本もそうなることを恐れて軍備の増強や国が一つになる教育を進めてきた。本気で中国や東南アジアを日本が守るって考えていたようね」
「その基本が大東亜共栄圏という思想なんだよね?」
「良く知っているのね。そうよ、その考え方が日本人の戦争する意味だったし、生き残る唯一の論理だと信じられていたの」
「こんなことを言ったらおじいちゃんに怒られそうだけど、政治家や軍部が考えていた大東亜共栄圏って、本当は日本の利益のためだけだったんじゃないの?」
「兄はそう話していた。そのことで夫と意見がぶつかっていた。二人とも日本のことを思い、考え、話していたから譲らなかったけど、私には夫の死が無念でならない・・・」
「ねえ、話はこのぐらいにして、おなか空いたよう。喫茶店にでも入らない?」
「そうね、忘れていたね、朝ごはん食べること。ゴメンなさいね」
「いいんだよ、なんだかいっぱい話せて嬉しいよ。こんなに身近で戦争体験が聞けるなんて良かったよ」
「お役に立てそうで何よりだわ。家に戻って続きは話しましょう」
昭和15年春に二年の兵役を終えて真一郎は満州から日本に戻ってきた。約束どおり千鶴子との婚姻が執り行われ千鶴子は片山の家に嫁いでいった。
「千鶴子、中国のとの戦争は激しさを増しているから直ぐに復帰しなければならないと思う。それだけは覚悟をしておいてくれ」
「あなた、私も日本国民ですから覚悟はしております。内地に居られるときはお身体を休めて下さいませ」
「ありがとう。助かるよ。そうだ、信夫はどうしてる?」
「はい、神田の印刷工場で働いていますよ」
「会いたいな。連絡してくれるか?」
「解りました。早速明日にでも行って参ります」
「うん、そうしてくれ」
千鶴子の兄大山信夫は片山真一郎の無二の親友だった。
心地よい風が吹きそろそろ桜が咲き始めようとしている三月の中旬、兵役を一旦終えた真一郎と信夫は再会した。
「真一郎!お勤めご苦労様。元気だったようだな。怪我はしなかったか?」
「信夫!久しぶりだなあ。お陰でかすり傷一つなかったよ。お前はどうだ?仕事忙しいのか?」
「おれか・・・仕事は相変わらずってところだよ」
「嫁さんは?どうなんだ」
「ええ?居ないよ、俺なんかに嫁いでくれる女性は余程だからな」
「そんな事ないぞ。お前は優しいし、頭もいいから見つけようと思えば直ぐ見つかるだろう?」
「この手じゃなあ・・・それより、千鶴子と仲良くしてくれているのか?」
「心配するな。俺には過ぎた女房だよ」
「そうか、嬉しいな。そういえば、俺はお前の兄になるんだったな?」
「そうか!そうだな、兄か・・・兄さん!」
「おいおい、急に呼ぶなよ。照れるじゃないか」
「俺も恥ずかしいよ。ハハハ・・・」
「どうなんだ、真一郎戦況は?」
「ああ、今のところ順調だよ。日本軍の勝利が続いている。俺が帰ってこれたのもそうだからだよ」
「噂を耳にしたんだけど、アメリカとの仲が悪くなっているだろう?戦争になるんじゃないかって聞いたぞ」
「アメリカと?誰がそんな事言っているんだ」
「海外からの情報だよ。クリスチャンの知り合いから聞いたんだよ」
「ふ〜ん、噂だろう気にするな。日本は満州国の統治とそれを阻害する中国軍と戦っている。大東亜共栄圏の政策は知っているだろう?アメリカ、イギリス、フランス、オランダから一致協力してアジアの国と日本を守らなければならないんだ」
「ああ、知ってるよ。じゃあどうして中国と戦争をしているんだ?」
「日本のやろうとしていることが理解されないんだろう。イギリスやフランス、オランダは南方の国を植民地にしている。やがて大連やハルピンそして東京や大阪まで植民地化しようとするぞ」
真一郎は陸軍で教えられたとおりに意見を述べ始めた。
「俺にはな真一郎、大東亜共栄圏構想なるものが怪しいって思えるんだよ」
「何を言っているんだ!日本の大儀だぞ」
「戦争をすることが大儀か?」
「大儀を阻むことへの最低限の抵抗だ。民間人は攻撃していない」
「それでも被害は出るぞ」
「そうなった者の大半はゲリラだ。あいつらは女子供までゲリラになるからな」
「本当なのか?どうしてそうだと解るんだ?」
「油断してやられたものが多くいるからだ」
「兵隊じゃなくても日本人を敵だと見れば襲ってくるだろう?」
「訓練されているんだよ。偽装工作がやり方なんだよ」
「違うぞ。中国の女子供だって愛国心があれば戦うぞ」
「普通の女子や子供が、命をかけると言うのか?」
「そうだ。この国だって同じだ。考えてみろ。親が戦って命を落とそうと言う危機に、子供や妻が逃げられるか?」
「非戦闘員は投降すべきだ」
「そんな奴らばかりだったら戦争なんて続かない。国を真剣に守ろうとする愛国心が中国人には強いんだよ。日本人は嫌われている。それは、本音と建前が違うからだ。本当に大東亜共栄圏なるものが平和と繁栄の構想ならば、世界から支持されるはずだ。少なくとも中国からはな」
「日本と中国、東南アジアが力を合わせる事に欧米は反対なんだ。だからいろいろ文句をつけてくる。侵攻を最初に始めたのは奴らだぞ。それに満州国はロシアとの停戦条件で認められた存在なんだ。日本と中国で繁栄を築くことが理想だったのに、犯したのは、中国の方だぞ」
「真一郎、日本人の驕りがなかったか?蔑みとか、慢心はなかったのか?」
「俺にはない。日本人として規律正しく、平和と繁栄のために戦っている。たとえアメリカが敵になろうとも、それは同じ事だ」
この年15年9月に、日独伊三国同盟が締結され、ますます日本は欧米諸国から睨まれる存在になってゆく。
明けて昭和16年春待望の男の子が誕生した。貴史の父、秀和である。千鶴子は21歳になっていた。わが子を抱いた真一郎は、「この子のために、そしてお前のためにこの国を守ってゆかなければいけない。これから何があるかわからないけど、二人で頑張ってゆこう」そう言った。
ヨーロッパではドイツ帝国に対してイギリス、フランスが宣戦布告して第二次世界大戦に突入していた。世界中で大きな戦争になるべく時代は動き始めていた。日本は明治時代よりドイツを手本にして政治を進めてきた。したがってナチスドイツの目覚しい活躍は憧れになっていた。アメリカからの圧力に屈してはいけない、神国日本は負けることはない、そんなムードが政治家や軍部、国民にまで浸透していた。
国際連盟を脱退した日本はアメリカハル国務長官からの提案「ハルノート」を最後通牒と取り違えて、東条英機首相は12月1日に御前会議で対米決戦を決定してしまった。戦局が大きく動き始めることになって再び召集が開始された。経験者は最優先に徴兵された。真一郎も陸軍に戻って南方戦線に派遣されることになった。
開戦が決まっていた前日12月7日太平洋艦隊とは別に中国から日本軍は南を目指して資源確保のために侵攻を開始した。
「千鶴子、秀和を頼むぞ。帰れないかも知れないからその時は再婚して幸せを掴んでくれ」
「あなた!死なないで下さい。私は一生お待ちしておりますから。武運を祈ります。決して無理はなさらないで下さいね」
「中国や東南アジア諸国が欧米の植民地になっていたの。日本もそうなることを恐れて軍備の増強や国が一つになる教育を進めてきた。本気で中国や東南アジアを日本が守るって考えていたようね」
「その基本が大東亜共栄圏という思想なんだよね?」
「良く知っているのね。そうよ、その考え方が日本人の戦争する意味だったし、生き残る唯一の論理だと信じられていたの」
「こんなことを言ったらおじいちゃんに怒られそうだけど、政治家や軍部が考えていた大東亜共栄圏って、本当は日本の利益のためだけだったんじゃないの?」
「兄はそう話していた。そのことで夫と意見がぶつかっていた。二人とも日本のことを思い、考え、話していたから譲らなかったけど、私には夫の死が無念でならない・・・」
「ねえ、話はこのぐらいにして、おなか空いたよう。喫茶店にでも入らない?」
「そうね、忘れていたね、朝ごはん食べること。ゴメンなさいね」
「いいんだよ、なんだかいっぱい話せて嬉しいよ。こんなに身近で戦争体験が聞けるなんて良かったよ」
「お役に立てそうで何よりだわ。家に戻って続きは話しましょう」
昭和15年春に二年の兵役を終えて真一郎は満州から日本に戻ってきた。約束どおり千鶴子との婚姻が執り行われ千鶴子は片山の家に嫁いでいった。
「千鶴子、中国のとの戦争は激しさを増しているから直ぐに復帰しなければならないと思う。それだけは覚悟をしておいてくれ」
「あなた、私も日本国民ですから覚悟はしております。内地に居られるときはお身体を休めて下さいませ」
「ありがとう。助かるよ。そうだ、信夫はどうしてる?」
「はい、神田の印刷工場で働いていますよ」
「会いたいな。連絡してくれるか?」
「解りました。早速明日にでも行って参ります」
「うん、そうしてくれ」
千鶴子の兄大山信夫は片山真一郎の無二の親友だった。
心地よい風が吹きそろそろ桜が咲き始めようとしている三月の中旬、兵役を一旦終えた真一郎と信夫は再会した。
「真一郎!お勤めご苦労様。元気だったようだな。怪我はしなかったか?」
「信夫!久しぶりだなあ。お陰でかすり傷一つなかったよ。お前はどうだ?仕事忙しいのか?」
「おれか・・・仕事は相変わらずってところだよ」
「嫁さんは?どうなんだ」
「ええ?居ないよ、俺なんかに嫁いでくれる女性は余程だからな」
「そんな事ないぞ。お前は優しいし、頭もいいから見つけようと思えば直ぐ見つかるだろう?」
「この手じゃなあ・・・それより、千鶴子と仲良くしてくれているのか?」
「心配するな。俺には過ぎた女房だよ」
「そうか、嬉しいな。そういえば、俺はお前の兄になるんだったな?」
「そうか!そうだな、兄か・・・兄さん!」
「おいおい、急に呼ぶなよ。照れるじゃないか」
「俺も恥ずかしいよ。ハハハ・・・」
「どうなんだ、真一郎戦況は?」
「ああ、今のところ順調だよ。日本軍の勝利が続いている。俺が帰ってこれたのもそうだからだよ」
「噂を耳にしたんだけど、アメリカとの仲が悪くなっているだろう?戦争になるんじゃないかって聞いたぞ」
「アメリカと?誰がそんな事言っているんだ」
「海外からの情報だよ。クリスチャンの知り合いから聞いたんだよ」
「ふ〜ん、噂だろう気にするな。日本は満州国の統治とそれを阻害する中国軍と戦っている。大東亜共栄圏の政策は知っているだろう?アメリカ、イギリス、フランス、オランダから一致協力してアジアの国と日本を守らなければならないんだ」
「ああ、知ってるよ。じゃあどうして中国と戦争をしているんだ?」
「日本のやろうとしていることが理解されないんだろう。イギリスやフランス、オランダは南方の国を植民地にしている。やがて大連やハルピンそして東京や大阪まで植民地化しようとするぞ」
真一郎は陸軍で教えられたとおりに意見を述べ始めた。
「俺にはな真一郎、大東亜共栄圏構想なるものが怪しいって思えるんだよ」
「何を言っているんだ!日本の大儀だぞ」
「戦争をすることが大儀か?」
「大儀を阻むことへの最低限の抵抗だ。民間人は攻撃していない」
「それでも被害は出るぞ」
「そうなった者の大半はゲリラだ。あいつらは女子供までゲリラになるからな」
「本当なのか?どうしてそうだと解るんだ?」
「油断してやられたものが多くいるからだ」
「兵隊じゃなくても日本人を敵だと見れば襲ってくるだろう?」
「訓練されているんだよ。偽装工作がやり方なんだよ」
「違うぞ。中国の女子供だって愛国心があれば戦うぞ」
「普通の女子や子供が、命をかけると言うのか?」
「そうだ。この国だって同じだ。考えてみろ。親が戦って命を落とそうと言う危機に、子供や妻が逃げられるか?」
「非戦闘員は投降すべきだ」
「そんな奴らばかりだったら戦争なんて続かない。国を真剣に守ろうとする愛国心が中国人には強いんだよ。日本人は嫌われている。それは、本音と建前が違うからだ。本当に大東亜共栄圏なるものが平和と繁栄の構想ならば、世界から支持されるはずだ。少なくとも中国からはな」
「日本と中国、東南アジアが力を合わせる事に欧米は反対なんだ。だからいろいろ文句をつけてくる。侵攻を最初に始めたのは奴らだぞ。それに満州国はロシアとの停戦条件で認められた存在なんだ。日本と中国で繁栄を築くことが理想だったのに、犯したのは、中国の方だぞ」
「真一郎、日本人の驕りがなかったか?蔑みとか、慢心はなかったのか?」
「俺にはない。日本人として規律正しく、平和と繁栄のために戦っている。たとえアメリカが敵になろうとも、それは同じ事だ」
この年15年9月に、日独伊三国同盟が締結され、ますます日本は欧米諸国から睨まれる存在になってゆく。
明けて昭和16年春待望の男の子が誕生した。貴史の父、秀和である。千鶴子は21歳になっていた。わが子を抱いた真一郎は、「この子のために、そしてお前のためにこの国を守ってゆかなければいけない。これから何があるかわからないけど、二人で頑張ってゆこう」そう言った。
ヨーロッパではドイツ帝国に対してイギリス、フランスが宣戦布告して第二次世界大戦に突入していた。世界中で大きな戦争になるべく時代は動き始めていた。日本は明治時代よりドイツを手本にして政治を進めてきた。したがってナチスドイツの目覚しい活躍は憧れになっていた。アメリカからの圧力に屈してはいけない、神国日本は負けることはない、そんなムードが政治家や軍部、国民にまで浸透していた。
国際連盟を脱退した日本はアメリカハル国務長官からの提案「ハルノート」を最後通牒と取り違えて、東条英機首相は12月1日に御前会議で対米決戦を決定してしまった。戦局が大きく動き始めることになって再び召集が開始された。経験者は最優先に徴兵された。真一郎も陸軍に戻って南方戦線に派遣されることになった。
開戦が決まっていた前日12月7日太平洋艦隊とは別に中国から日本軍は南を目指して資源確保のために侵攻を開始した。
「千鶴子、秀和を頼むぞ。帰れないかも知れないからその時は再婚して幸せを掴んでくれ」
「あなた!死なないで下さい。私は一生お待ちしておりますから。武運を祈ります。決して無理はなさらないで下さいね」
作品名:「夢の続き」 第二章 戦争のこと 作家名:てっしゅう