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てっしゅう
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「忘れられない」 第七章 余命

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「出雲に行った時のだよ。財布に入れて持っていたんだけど、ボロボロになりそうだったから盾に入れて大事に仕舞っておいたんだ。少し色が褪せてはいるけど・・・大切な思い出だからね」
「明雄さん・・・ずっと好きでいてくれたのね。私、あなたを諦めなくて・・・よかった」
「ボクは一度結婚をした・・・そしてキミを忘れようと置き手紙をして新潟へ行った。安田さんに紹介されて今の仕事をするまでは・・・何人かと付き合って、荒んだ生活をしていた。有紀に思い出の写真を大切にしていたなんて言える柄じゃないけど・・・今なら言えるんだよ、やっと真実を見つけたんだ。有紀しかいないんだよ、僕には・・・それが解ったんだ」
「明雄さん・・・今のあなたが好き。私はあなたを信じてずっと生きてきた。大げさに言うけど、あなた無しでは生きる力は無くなっていたと思うの。病気で入院した時もずっとあなたのことを考えて励みにしていた。思い切って新潟に出かけて人生を変えたわ。あなたとこうして逢えて、これから一緒に生きることに出逢えたの。なくしたくはないの。あなたが死んだら・・・私も死ぬ・・・」
「有紀、不吉なことを言うなよ。解ったから、戻って準備をしてきてよ。何か買っておいで、夕飯一緒に食べようよ」
「はい、じゃあ、行って来るね。待ててね」

後ろ髪を引かれるような思いで、病室を後にした。言われたものを持って有紀が病室に戻ってきたのは5時を少し回った時間であった。

病院の面会時間は午後8時までである。
「明雄さん・・・もうこんな時間になったわ。また明日来るから、ゆっくり寝てね。おやすみなさい・・・」
「有紀・・・早いね、時間って。気をつけて帰るんだよ。じゃあ明日また、おやすみ」

ナースセンターに挨拶を言ってから、有紀は病院を出た。駅に続く道をゆっくりと歩くうちに、川を挟んで反対側に麗子と行ったカラオケ喫茶が見えた。今日は唄う気分ではないので、あそこにあったんだ、という思いだけで側を通り過ぎていった。刈谷駅まで約20分ほどかかって改札口まで来た。8時半、まだ暗くなったばかりの時間だ。たくさんの人が改札を出入りしている。金山駅までの切符を買って快速電車に乗り込む。

有紀はずっと考えていた。きっと明日の朝、明雄は宇佐美医師から全てを聞かされることだろう。面会が許される午後1時に明雄とどんな顔をして話しを始めたら良いのだろうか・・・気持ちが揺らぐ。
明雄のアパートに着いて中へ入ろうとした時に、声をかけられた。自分より少し若い年齢の女性からだった。

「明雄さんの奥様ですか?」有紀は相手をじっと見て、会釈をしながら、
「はい、そうですが・・・何か御用でしょうか?」と返事をした。
「いいえ、用事はないのですが・・・近くまで来たものですから・・・塾をしていた時の講師仲間なんです。沙織と言います。明雄さんによろしくとお伝え下さい。では・・・」
「お待ち下さい・・・明雄さんはここにはいないんです。事情があってしばらくは戻りません。ご用は私がお尋ねさせて頂きますが・・・ご遠慮なさらずに仰って下さい」
「奥さま・・・どうされたのですか?具合悪くなされたの?」
「ご心配なく・・・過労だと思いますので」
「そうでしたか、良かったです。これ・・・渡して置いてください・・・明雄さんに必ずお渡し下さい」

沙織はそういってしっかりとした封筒を有紀に手渡して、帰っていった。不思議そうに眺めていたが、なにやら大切な書類なんだとカバンの中へ仕舞った。

有紀は先ほどの女性のことが気になっていた。こんな時に現われるなんて・・・頭の中がいろんな事でかき回されている感じがする。良い事は続かないが、悪い事は重なる、とよく言われる。まさにそうなんだと思い始めた。「悪いこと」それは、明雄の病と先ほどの女性の存在。生命保険のセールスレディか、仕事関係の人でない限り、一人暮らしの男性の部屋を訪ねたりはしない。しかも夜にだ。

有紀は自分が知らない明雄の姿を見てしまうような気がした。世間によく居る女性にだらしない男性と同じ明雄でいたことを否定したい。特別に何か事情があったのだろうと、そう思いたかった。塾の講師仲間だと言っていたことが本当なら、安田さんと知り合う前に付き合っていた人なのかも知れない・・・安田さんは明雄のことを褒めていてくれた。だらしない人間じゃないとはっきりと言ってくれたから・・・昔の事は責めないつもりでいた。今の明雄が優しくて好きだからだ。そんなこと人から言われなくても自分で解る。

女心は微妙・・・解っていても揺れる・・・知らないことを聞かされたり、見たり、出合ったりしたら・・・疑ってしまうのだ。弱い自分がそこに居る。いや、目の前の好きな人は一人占めしたいのだ。明雄は誰を愛さなくてもいい、自分が一番愛されたいから・・・それでいいのだ。そうなって欲しい。それでないと嫌だ・・・なんと身勝手な想いだろう。有紀はこんな歳になってこんなふうに感じてしまう自分が嫌になってきた。

明雄が大事にしていた若い頃の写真を見た時、自分の全ては明雄だと信じた。嫉妬なんか予想しなかった。今夜も眠れない夜になりそうな予感がする。シャワーを浴びてパジャマに着替えて、明雄のぬくもりを思い出しながら眠りに就いた。
「明雄さん・・・私は・・・なんだか自信が無くなってきた。あなたを本当に支えることが出来るのかしら・・・裕美さん!助けて・・・お願い、私はどうすればいいの」

天井を見上げて、有紀はそう呟いた。