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てっしゅう
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「忘れられない」 第七章 余命

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第七章 余命



名古屋から帰ってきても明雄の健康状態が気になって仕方がない有紀だった。自分が言っても聞かないから、安田からしっかりと言ってもらおうと頼んでみた。

「明雄さんに逢って来たんですけど、なんか顔色が悪いような気がしまして医者に診て貰うように勧めたのですが、時間がないとか言いましてそのままにしているようなんです。安田さんのほうから、一度受けるように強く言って頂けませんか?」
「なるほど、そうだったんですね。解りました、健康診断書が入社に必要だと脅してみましょう。構いませんよ、どうせ新しい会社からも健康状態は聞かれるでしょうから・・・年齢的にもね」
「ありがとうございます。安心できました。よろしくお願いします」
「はい、了解です。ところで、石原くんはいつめどが立つと言っていましたか?」
「ええ、今のペースで返せば年内に終わると言っておりましたが・・・」
「そうですか・・・よかった。いえね、新会社から年明け早々に面接を受けて欲しいと言われているので、間に合うか気にしていたところだったんです。じゃあ大丈夫と返事しておきます。有紀さんから、そんな話しがあったと知らせておいて下さい。頼みましたよ」
「ありがとうございます。喜ぶと思います。この度は本当にお世話になります」
「私は推薦しただけです。入社するのは石原くんの実力ですよ。覚えておいて下さいね」

安田は有紀に気を遣っていた。妻になる訳だから、夫の弱みを知ってはいけないと考えたからだ。それに、明雄は間違いなく新会社で力を発揮できるだろうと評価していたのは他ならぬ安田でもあった。頭の良さはそこら辺の同年代の男性なんかとは比べものにならないほど優秀で明晰だ。遅れて役員入りする自分の右腕にしようと期待していた安田でもあった。

入社に必要と言われて渋々明雄は簡単な人間ドックへ入った。麗子が住む、そしてあのカラオケ喫茶が見える刈谷市の総合病院の受付に明雄は立っていた。

「石原明雄です。これ予約票です」
「はい、石原様ですね・・・ご予約承っております。どうぞこちらから奥の受付カウンターにお進み下さい」
女性の案内に従って明雄は中へと進んだ。名古屋市内からこの離れた刈谷市の病院へ来たのには訳があった。まず一つは最初の名大病院の予約が半年先まで取れなかったこと、そしてその名大病院からこの刈谷総合病院を紹介されたことであった。

田んぼに囲まれて、稲穂が青く実っている立地に立っている病院は大手自動車メーカーが出資をしているほど内容がしっかりとした評判の総合病院だった。服を着替えてレントゲンと心電図、胃カメラと頭部CT検査、眼底検査、尿検査など半日をかけての検査が始まった。問診で明雄は背中の痛みと微熱を訴えた。ここ数ヶ月ほど強く感じたり治ったりする、と話した。

血液から腫瘍マーカーのテストもすると言われ、了承した。全てが終わって、サインをして検査結果を聞きに三日後に来院する予約を入れて明雄は病院を後にした。有紀に早速メールを入れた。

「今、検査が終わりました。結果は三日後だからまたメールするよ。気を遣わせて悪かったね。好きだよ・・・今すぐにでも逢いたい・・・」
明雄からの着メロが鳴った。
「よかった・・・検査受けたのね。三日後ね・・・私も行きますから一緒に聴きましょう。ね、いいでしょ?私も大好きよ、有紀」そう返信した。
「仕方ないなあ・・・無理しなくてもいいのに。また時間メールして、じゃあ」「うん、解った。また逢えるのね・・・嬉しいわ、有紀」そうメールは続いた。

麗子との出会いは偶然なだけではなく、有紀をこの刈谷市の総合病院へ引き寄せるための知らせだったのだ。

有紀は明雄に逢えると解ると嬉しくなった。木曜日に行くのではなく前日の水曜日に出かけて泊めて貰おうと考えた。明雄がここを去ってから3ヶ月以上が経つ。数日前に顔を見て食事をしたが手も握らずに帰ってきた。今度は少し側に居たい・・・そう強く思う。

メールを入れて有紀は水曜日に名古屋へ向かった。少し時間が早かったので駅前のデパートで時間をつぶして、明雄と約束をしている時間にエレベーターの前に歩いていった。平日の遅い時間でも人通りは多く、待ち合わせをしている人達で結構混んでいた。有紀の顔を見つけると明雄は手を振って近寄ってきた。

「お待たせ・・・明日でよかったのに。でも嬉しいよ。有紀が好きだから」
「明雄さん・・・逢いたかった」
「先週逢ったじゃないか」
「だって・・・すぐに帰っちゃったから。それに、あなたのこと心配していたから、ずっと気分が落ち込んでいたのよ」
「すまないね。さあ、行こうか・・・僕の部屋は狭くて汚いよ。構わないかい?」
「うん、あなたと一緒ですもの、どこだっていいわ」

有紀は今度はしっかりと手を握って歩いた。明雄はなんだか疲れているように見受けられた。やっぱり悪いのだろうか・・・不安がよぎる。若いカップルに混じってずっと手を繋いで地下鉄に乗っている。周りから見たら理想の夫婦に見えるかも知れない・・・だって、こんな年でラブラブなんですもの・・・有紀はそう感じていた。

明雄の住んでいるアパートに着いた。思っていたより小奇麗でエアコンもあったから暑さは凌げそうだった。部屋に入るなり、有紀は強く抱擁を求めた。長いキスをして・・・これ以上は明雄の体調が良くないから求めてはいけないと思い、身体を離した。
「どうしたの、有紀・・・」
「ごめんなさい・・・体調が悪いのにしがみついたりして」
「そんなこと・・・構わないんだ。今夜は抱いていたい」
「ほんと?無理しないでいいのよ。側に居るだけで・・・こうしてあなたを感じられれば・・・それで満足なの。女はそうなの」

明雄は優しい有紀の気遣いが嬉しかった。不覚にも涙が出てきてしまった。有紀は「かっこ悪いよ、涙は」と明雄の頬を伝わるものを手で拭った。

シャワーを浴びて二人はベッドに入った。有紀が持ってきたパジャマを明雄は着ていた。もちろんお揃いのパジャマを持って来ていたから、二人は同じ格好になっていた。新婚夫婦のような雰囲気がする。有紀は嬉しかった。ずっと待ち焦がれていたことだったから。このままここに居たいとさえ強く感じた。

「明日は朝出かけないといけないから寝ましょう。明雄さん、お揃いね・・・なんだか嬉しい」
「そうだね、有紀も同じものを買ったんだね。僕も嬉しいよ。せっかく二人きりになれたからこちらへおいで・・・」
「言葉だけで嬉しいのよ。無理はいけないから、一緒に寝るだけでいいの、本当よ」
「有紀、ボクが・・・我慢できないんだ」
「明雄さん・・・そんな・・・私だって同じよ。しんどくなったらやめていいからね・・・絶対に無理はしちゃいや!」
「ああ、そうするよ。さあ、有紀・・・」

冷房が効いた部屋はすぐに二人の熱気で暑くなってきた。明雄は異常なぐらいに汗をかく自分に少し惑わされた。脈が上がり息をするにもハアハアと言うようになった。
「明雄さん・・・止めましょう・・・有紀は怖いの。あなたを失いたくない!大切な人なんだから・・・」