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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』   4

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桜田は、鬼沢の顔を見ると、軽く会釈した。
その禿げた頭を一瞥した鬼沢は、早速質問を始めた。
「桜田さん、先般お聞きした六十年前の話ですが、今一度、その日の事について詳しくお尋ねしたいのです。ご記憶も薄いでしょうが、どうかご協力願います」

「分かりました」
「では、早速ですが貴方が砂防林へ自作の鉄砲を持って入った時、百合子さんは兎も角他には誰もいませんでしたか」
「はい、私一人でした」
「そうですか。ところで、貴方は鉄砲を撃った後、それを放り出したとおっしゃいましたが、鉄砲はその後どうされましたか」
「そのままでした。妹を抱いてその場を去りましたので」
「そうでしたね。とすると、その鉄砲は後で誰かに拾われたかも知れませんね。或いは現在までその場に放置されたままとか」
「そういう事になります」
「ところで、桜田さん。貴方が当時使った鉄砲の弾は、手製の物でしたね」
「はい、砂利玉を使いました」
「そうでしたね」

鬼沢は桜田の顔をちらりと見た後、背後の同僚に目配せした。
同僚が桜田の目の前にビニール袋を置いた。
怪訝そうな様子の桜田に、鬼沢が言った。

「桜田さん、これが何だか分かりますか」
「さあ、何でしょう」
「鉄砲ですよ。すっかり錆びてしまって形が変わっていますがね」
そう言われて、ジッと見ていた桜田が口を開いた。

「こ、これは私の作った鉄砲です」
ビニール袋ごと掴む桜田の手が震えている。
強く頷きながら、再び言った。
「私の鉄砲に間違いありません。ここを見れば直ぐ判ります」

桜田が指差したのは、銃身の中央部分だった。
腐食のため、よく見ねば見落とす程度に僅かな刻み込みが施されている。

「これは針金を使って銃身を台座に固定させるための私のアイディアでした。他の子供達はそこまで丁寧ではなかったのです」
「そうですか。それが当時貴方が作った鉄砲だとなりますと、桜田さん、貴方は大変な思い違いをしていた事になります」
「・・・・・・」

桜田は、鬼沢の言う事が理解出来ず、相手の顔を穴の開くほど見詰めるばかりである。

「桜田さん、そのビニール袋の中身を出してご覧なさい」
桜田は言われるままに、腐食した銃を袋から取り出した。

「薬莢が詰まっているでしょう。それを抜いてみて下さい」

桜田は薬莢を抜き取った。

その顔は見る見る青ざめて行った。
薬莢を持つ手が再び震え始めた。
口を硬く閉じ、奥歯をガチガチさせている様子から見て、そのショックは只事ではない。
鬼沢も同僚も、桜田の余りにも強烈な反応に暫し声も掛けられなかった。

その夜遅く、Y署の当直をしていた巡査が、110番の電話を受けた。
電話の主は桜田夫人だった。

聞けば、夫の桜田正治が傷害を受けたので至急来て欲しいとのことだった。
詳しい話を聞いても興奮していて、さっぱり要領を得ないので、兎も角桜田邸へ二人の巡査が急行した。

車で五分程で、生垣に囲まれた広大な敷地の桜田邸に着いた。
大名屋敷のような大きな門構えの正面玄関を入ると、広い庭に築山と泉水があしらわれているのが、晩秋の月明かりではっきりと見える。

土間の入り口の数枚の板戸が開け放たれ、中から電灯の明かりが洩れている。
巡査達は、そこから土間に入った。

上がり框(かまち)に、主人の桜田正治が腰掛けている。
頭に包帯を巻きつけた夫を、妻の清子が傍らで心配そうに見守っている。

年長の巡査が桜田に一礼すると、
「どうなさったのですか」
と、聞いた。

「黒井から乱暴を受けましてね」
と言いながら、左の側頭部を指差した。

「黒井と言いますと、後援会長の黒井玄太郎氏でしょうか」
「ええ、彼です」
「また、どうして」
「実は、今日鬼沢さんから六十年前の事件の真相を教えて貰いましてね。それが元で黒井と諍(いさかい)いになりまして」
「例の妹さんの件ですね。しかし、黒井氏とどういう繋がりがあるのですか」
「話すと長くなりますが、つまり黒井が妹を撃ったらしいのです」
「えっ、彼が」
「いや、これは私の推測に過ぎませんが」
「それで、黒井氏は今どこに」
「貴方方が来るので引き留めたんですが、帰ってしまいました」
「そうですか。それで、お怪我の方は如何ですか」
「大した傷ではありませんが、明日になったら一応医者に診て貰います」

巡査は頷きながら、
「私共は、これから黒井氏に会いに行きますが、明日改めて署の方へおいで頂きたいと
思います」
「承知しました。どうも夜分お手数を掛けしました」
「いや、どうも。じゃ、これで」

二人の巡査は桜田邸を出ると、今度は黒井玄太郎の家を目指して車を走らせた。
十分程の町外れに黒井邸がある。

巡査の来訪を予期していた黒井は、応接間に二人を通した。
「いやあ、全くひどい話でね。桜田の家に来いと言われて行ったところ、いきなり六十年前に妹を殺したのはお前だと騒ぎ立てられてね。私は何の事やら、驚きましてね。全く、身に覚えのない事ですからね。結局、彼が殴り掛かって来ましてね。仕方なく、掴み合いになってしまったんですよ」
「そうですか。兎に角、明日署の方へ来て下さい」
「分かりました」

表門を出た後、二人は長い生垣の隙間から邸内の様子に目をやった。
明るい月明かりにも拘わらず、広い芝生の前庭に設置された常夜灯が煌々と二階建ての洋館の母屋を照らし出し、如何にも裕福な地元実業家の屋敷らしい風格を醸し出している。

二人は、顔を見合わせると黙って車に乗った。
「桜田市長は何故黒井さんを妹殺しの犯人だと思ったのでしょうね」
ハンドルを握る若い方の巡査が口を開いた。
「うーん」

年長の方は、刑事課員でもない自分の立場では事件の内容が分からず、何とも返事の仕様がない。
(それにしても、桜田と黒井はそれほど古い付き合いだったのか)
そんな事を考えていた。
若い方も、それきり口を噤(つぐ)んだ。


                                     続