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南 総太郎
南 総太郎
novelistID. 32770
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『消えた砂丘』   4

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『消えた砂丘』


  4

今日も、鬼沢は石地蔵の周囲を徘徊している。
浮かぬ顔である。
時化模様の外海は、波音もひときわ大きい。
塩気を含む強い風が頬をなぶる。

あれ以来、事態は一向に進展していない。
一旦は、王手詰めと思ったものが、今や入玉寸前、つまり時効になりかねない有様で鬼沢の焦りは一通りではない。

桜田のあの形相から、テッキリ戸橋を恨んでのことと解釈したのだが、その後が全く鬼沢の推理通りではなかった。

脅迫されて人を殺したのか、戸橋次郎を知っているか等と、迫ってはみたが、まるで反応がなかった。

あの人柄では、仮に人を殺めていたらトボケルことは出来ないだろう。

鬼沢は壁に直面した思いである。
上司にしても、一時は桜田の社会的立場を考慮し慎重のうえにも慎重を期すよう注意した程だったが、今では連日のように尻を叩く始末で、全くやりきれない気持ちである。

地検による贈収賄事件捜査中に、殺人事件の容疑者として桜田を取り調べるに当たっては、それ相応の仁義を尽くした積もりである。
それにも拘わらず、最近の地検の態度には署長以下もかなり神経質になっている。
つまり、Y署の捜査が進展せず事件解明の目処が付かぬなら、時効も間近ゆえ、いっそ殺しの方も地検が肩代わりしてやっても良いとの、意向が見え透いていた。

「鳶に油揚げ」の喩えではないが、それではY署の立場がなくなる。
さりとて、いい加減な送検では、「待ってました」とばかり、ケチを付けて来るだろう。

鬼沢は、珍しく自信を失いかけている自分が、恨めしくなった。

百合子殺害事件は、兄の正治による過失致死と判明したが、考えてみれば、こうして現場を探索していた時、偶然あの野々宮に出会い、彼から得た情報が元で解明出来たのだった。

野々宮と言う人物については、その後警視庁の協力も得て一応の調べは付いている。
それによると、長引く不況で昨今流行のリストラにより、永年勤めていた都内の中堅商社を定年前に退職し、現在年金で暮らしているらしい。暇を持て余し、自分の半生記執筆のため、少年期を過ごした当地を数十年振りに訪れ、あちこち歩き回っていることも既に裏を取ってある。宿泊先だった駅前の旅館でも、彼の書き残した半生記の冒頭文の下書きのメモが、幸い屑篭に残っていたため、回収している。

文章を読んで、かなりセンチメンタルな人物とみた。
自分も、あの齢になると、矢張り少年期を過ごした土地を訪ね、昔を想い、涙する老人になるのだろうか。

鬼沢が、そんな事を思いながら、ふと砂防林の小道に目をやると噂をすればの喩えの通り、今日もまた、あの野々宮がやって来るではないか。
余りの偶然に、さすがの鬼沢警部補も心臓が高鳴った。

現在の捜査の行き詰まりを打開してくれるのは、この人物の他にはいないような気さえする。
鬼沢は笑顔で野々宮の近づいて来るのを待った。

野々宮は矢張り情報をくれた。

それは、桜田正治についてではなく、意外な人物、黒井玄太郎のことだった。

黒井の名は、鬼沢も知っている。
確か、当地では相当やり手の実業家で、最近開発中の海浜レジャーランドも彼の事業だという噂を耳にしている。

野々宮が語って呉れた内容は、その黒井の前身についてだった。
つまり、黒井とその父親の二人が、終戦直後この界隈に流れて来た、当時「俄か乞食」とか「物貰い」と呼ばれた、敗戦が生んだ一種の犠牲者だったという事実である。

情報の内容はそれだけだった。

野々宮自身も、当時まだ小学校の低学年だったため、記憶が断片的で、何かの拍子に、ふと思い出す、という代物らしい。

黒井親子が俄か乞食だったとしても、それが今度の事件とどの様な関わりを持つのだろうか。それに敗戦当時は、多くの人々が家を焼かれ、食べ物を求めて地方へ逃れざるを得なかったと、聞く。

鬼沢は、何か野々宮から謎を掛けられた気分になった。

兎に角、黒井玄太郎について一応の調査を進めようと考えた。

翌日、捜査会議に出席していた鬼沢は、自分の推理に没頭していたが、ふと耳に入った他の係員の報告に顔を上げた。

それは、砂防林の開発工事中、作業員が藪の中から発見したという手製の鉄砲に関する報告だった。添付されたビニール袋の中身は、腐食が激しく、およそ鉄砲の形とは程遠く、只の腐った鉄棒といった感じだった。

係員からビニール袋ごと受け取った鬼沢は、ビニールを通して中身を見た。

この鉄砲が果たして六十年前に捨てられたものか、どうか鑑識にかけねば判らぬというが、鬼沢が見たところ数十年は経過しているように思えた。
僅かに台座らしい木片がへばり付いている側の筒の中には、薬莢らしきものも詰まっている。  

当時の子供達の間で流行ったという鉄砲作りが、果たしてどの様な仕組を持った物であったのか、鬼沢には判然としなかったが、鉄砲の基本的な仕組には、大きな違いはない筈であった。

鬼沢は、何故か、これが桜田少年の作った鉄砲ではなかろうかと気になり始めた。
早速、鑑識班に連絡をとらせ、会議室に来るよう指示した。

暫くして、鑑識班の係員が会議室に入って来た。
鬼沢は、薬莢の中身を至急調べて貰いたいと頼んだ。
係員が薬莢の取り外しに掛かった。
すっかり錆付いていて手間が掛かったが、道具を使い、どうにか銃身から抜き取ることに成功した。

「中身はどうかな」
「小さな砂利が詰まってます。発射されてませんね」
「えっ、発射されてないって」

鬼沢は、自分の予想が的中した事に、寧ろ驚いた。

(益々、ややこしくなって来たな。桜田は自分が妹を撃ち殺したと信じ込んで、六十年間罪の意識に苛まれて来た。もし、これが桜田の作った鉄砲なら彼は妹を殺していないことになる)

鬼沢は、一刻も早く桜田に確認する必要を感じた。

「ところで、この腐食具合からみて五、六十年は経過していると考えてよいかね」
「正確には検査する必要がありますが、ざっと見たところ、そんなものでしょうね」
「ありがとう」

鑑識員は部屋から出て行った。

「鬼沢君、どういう事かね」
署長が聞いた。

鬼沢は署長の顔を見ずに、
「この銃が果たして桜田の作った物かどうかは、まだはっきりしませんが、若しそうだとしたら、百合子は一体誰に撃たれたのかという新たな疑問が生じて来るのです」
「しかし、桜田は自分が撃ったと証言しているのだろう」
「ええ、そうですが、ひょっとしたら」
「ひょっとしたら何なのかね」

署長は鬼沢の考えている事が、全く想像出来ていない。
「ひょっとして、桜田は誰かに騙されているのではないかと」
「騙される」
「六十年前に、トリックに掛けられたのではなかろうかと」
「・・・・・・」
署長はお手上げの状態である。
鬼沢の推理には付いて行けないと分かると、
「兎に角、捜査を急ぐように」
と、発破をかけるのだった。


桜田正治が署に顔を出したのは、翌日の午後だった。

鬼沢は、桜田が六十年間も実妹誤射の罪の意識に苛まれて来た事を知ってから、内心同情する気持ちが強まるばかりだった。しかも、その罪が若しかして無実の罪であったら、と思うと、一刻も早く当時の状況の再確認を行いたかった。