顔のない花嫁
それから、しばらく。
アレンとレイスの関係は今ではすっかり恋人へと進展していた。
「ねぇ、アレン。聞いてくれる?」
病院の中庭を、アレンとレイスはにこやかに笑いながら歩いていた。
「何……?」
アレンは優しい笑みをレイスへと向ける。
「先生がね、もうすぐ退院して良いって」
「本当かい……ッ!?」
アレンにとって、これほど嬉しい報告はない。
彼はすっかり上機嫌になって、レイスを抱きしめた。
「だからさ、退院したら記念に二人でどこか行こうよ」
「ああ、そうだね。どこに行こうか」
アレンとレイスは頭を寄せ合って考えた。
遊園地に公園に海……考えれば考えるほど候補は増えて行き、到底どれか一つに決めることなど出来ない。
彼らは幸福の真っただ中にいた。
だから想像もしなかったろう。
この幸せが突然、終わりを告げるとは。
突如、アレンをめまいが襲った。
視界が揺れて、全てが歪んで見える。
「どうしたの……?大丈夫、アレン?」
心配そうに訊くレイス。
……しかしいつの間にか彼女の顔がなくなっていた。
顔の輪郭はあるのに、その中がポッカリとなくなってしまっている。
あぁ……あの夢と同じだ。
突然、体から力が抜けてアレンはフラッとその場に倒れた。
「アレン……ッ!大丈夫!?アレンッ……!」
倒れたアレンの顔をレイスが覗き込む。
ポッカリと無くなってしまったレイスの顔が自分の顔を覗き込んでいる。
ああ……ぼくはレイスのことを忘れてしまうのだろうか?
夢の中のあの女性の様に。
いやだ……それだけはいやだ……。
レイスを忘れてしまうなんて絶対にいやだ……。
アレンは目をつむって必死にレイスの顔を想い浮かべた。
絶対に忘れるもんか……。
「アレンッ……!」
真っ暗になった視界の中で耳に響くレイスの叫び声。
アレンはゆっくりと目を開いた。
あぁ……良かった、レイスの顔が元通りになっている。
「ねぇ、アレン大丈夫?」
心配そうに問いかける彼女。
そんな彼女にアレンは笑って答えた。
「ああ、大丈夫だよ」
それを聞いて、レイスの顔に安堵の笑みが広がる。
「良かった……」
その時、突如どこかから舌打ちが聞こえた。
アレンは反射的にそちらに顔を向ける。
……気が付くとそこには真っ黒いフードを被った女が立っていた。
ぼんやりとした視界のせいでで顔は見えないけれど、間違いない……レイスを落した女だ。
「どうして……どうしてあなたが……」
フードの中に覗く女の顔を見て驚愕するレイス。
女の正体は彼女の知り合いなのだろうか?
レイスの問いには答えず、女は懐から何かを取り出した。
それが拳銃だと認識するのに、アレンはしばしの時間を要した。
「邪魔はさせない。彼は私の物だから」
そう言うと女は拳銃をレイスに向けた。
呆然として言葉が出ないレイス。
そんな彼女を尻目に、女は躊躇せずに引き金を引いた―。
乾いた銃声が響き、レイスの額に真っ赤な花が咲いた。
花弁をまき散らせながらレイスの体はドッサリとアレンの真横に倒れた。
もうその目には光は宿っていない―。
「お前……お前、なんてことを……ッ!」
アレンは叫んで立ち上がろうとした。
しかし体に力が入らない。
なぜだ―。
徐々に意識が遠のいていく。
完全に意識がなくなる直前に、女の声が聞こえた。
「大丈夫、心配しないで。時間はまた“零”に戻るから」