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彼女の白い樹

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 もう遠い過去。
 私が まだ学生で、東京のボロアパートの二階で一人暮らしをしていた頃。

 一階の左隅の部屋に一人の女性が住んでいた。
 彼女は、とても綺麗だった。
 透き通るような白い肌と、柔らかく流れる黒い長髪。
 そして何よりも、彼女の優しい笑顔は当時の私にとって心の支えになっていた。

 しかし。

 彼女には、一つ「欠点」があった。
 だが、それを「欠点」と呼んで良いものかどうか。
 実際、当時の私は たいして気にしてはいなかったと思う。

 彼女は、片足が無かった。

 高校生の時にバイク事故で失ったそうである。
 詳しい話は聞けなかったが、どうやら彼氏の後ろに乗っていたらしい。

 彼氏は、その事故で亡くなっていた。
 ずいぶん後に彼女から聞いた話だ。
 彼女の部屋には、かつて彼氏が住んでいたのだった。

 近所の会社に勤めながら、一人でずっと生活してきた彼女。
 いつも爽やかな笑顔を見せていたが、苦労も多かっただろう。


 十年近くもの間、その部屋で彼女がどんな思いで暮らしていたのかは今でも分からない。


作品名:彼女の白い樹 作家名:大橋零人