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ぼくのウルフマン 別バージョン

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 おたくでマンガを描いてるってことでブログ読者からは華奢な美少年だと思われたりしてるけど、実際のぼくは華奢っていうのとはほど遠い。リアルのぼくにはもう一つ参加している世界があって、それは少林寺拳法なんだよね。強いわけでも運動神経がいいわけでもないけど、やっぱり男としての存在感を強めたいのとそう言う体になりたくて週に三回通っているのである。結構、がっちりしてきたかな、という自己満足はあるわけで、毎晩このガチな肉体でウルフマンを描いては彼に抱かれる妄想に浸る男子高校生がぼくなのだった。
 ぼくはぼくのファンタジーワールドにいつでも入って行くことができる。その鍵を開けるのは簡単だ。ただ一度入るとリアルの自分がおろそかになるので非常に危険な状態になってしまう。
 例えば今日の学校帰り、いつものようにぼくはFW(ファンタジーワールド)に入り込んで肉体だけを歩かせていた。
高校の教室、ウルフマンは新任の教師になっている。今回のアレクセイは黒髪でぼく自身の井伏慎也でやってもらう。
「担任の山田先生が入院の為、急遽新任の大神先生に来てもらった」
ウルフマン、着慣れないスーツ姿でやや緊張気味だ。勿論彼の頭部は狼で体もでかい。ここでは一九〇センチくらいにしとこう。出ている手足も普通よりかなり毛深い。だけどたの教師始め誰も変だとは思わないのがファンタジーである。
 教室を見渡し、一人の生徒に目をつける。つまりぼくなんだけどね。ウルフマン「可愛い、ぼく好み」と心をときめかす。彼は筋肉質の男子高校生が大好きなのだ。大神先生はぼくを何とかものにできないか、と思案する。18世紀欧州編より絵柄を可愛くするつもりだ。
「えーと、井伏くん?」
元気よく「はい、先生」(いつもこんなに態度よくないけど)
「まだ学校がよく判らなくてね。体育の倉庫はどこかな?」
「は?倉庫ですか?」
「よかったら案内してくれるといいんだけど」
{それにしても下心ありありの大神先生だな)
「わかりました」
大神先生を連れて倉庫を案内する俺だ。
「ここです」
「中に入ってくれないか?」
「え?中にですか?」
「うん、運ぶのを手伝って欲しいのだよ」
倉庫の中は薄暗くちょっとカビ臭い。
「どれを運ぶんですか?」無邪気に問いかける俺の背後に爛々と目を輝かせた大神先生が近寄ってくる。
「そこにあるもの」先生が上の方を指さす
「え。どれですか?」
「あれだよ」そう言った大神先生はもう俺の背中にぴったりとくっついていた。大きな手が俺の胸と股間を撫で回す。
「せ、先生。やめてください」ぶりっ子な。
「井伏くん。私はもう我慢できないよ」
「って、さっき会ったばっか」
「馬鹿野郎。アブねえじゃねえか」
「えっ」
ぼくの目の前すれすれを鮮やかなピンク色の軽自動車が横切っていった。それでもってぼく自身は右手首を痛いほど掴まれ体半分持ち上げられていた。ぼくの手首を握っていたのは、なんてことだ。リアル世界のウルフマン、としか思えない、その人だったのだ。
 リアルのぼくはちょうどバス通学の帰り道、降りたバス停から歩いて帰宅する途中だった。脇道から本道へ入る瞬間、通りかかった軽自動車に衝突する寸前だったのを間一髪で掴んでくれたのはまさしく見上げるような大男だった。見知らぬその人は怖い顔をしていたが、すぐに明るい笑顔に変わった。
「気をつけろや、坊主。ぼおっとして歩いてっと命が幾つあっても足りねえぞ」
「は。あっ。えと。すみません」バーチャル世界から急いで戻って来たぼくは慌てた。精神が飛んでいってると肉体に戻るのにやや時間がかかる。その人はぼくの制服についた校章を見たのか、というような顔になった。
「お前、北月高校の生徒か」
「そうです」
「明日から、世話になる。覚えといてくれ」
若干長めに髪を伸ばしたその人は狼のように大きな口で笑って去って行った。一体、誰なんだろう。素敵な人だった。リアル世界にもウルフマンがいたなんて。一重瞼の鋭い目、浅黒い肌に筋肉質の大きな体。どこの誰なんだろう。あ、リアルの恋に落ちたかも、のぼくだった。

 帰宅して夕食と風呂を済ませたぼくは自分の部屋にいる。机の上には教科書、辞書、ノートを広げているがぼくの魂はもうそこにはなかった。
 またしてもぼくは金色の髪の青年アレクスになっている。すらりと伸びた脚、広い肩幅、若者らしい厚さの胸、細く絞れた腰、盛り上がった尻。白いシャツに灰色のズボンという簡単な服装が却って彼の肉体を引き立てている。
「ここにいたんだね、ウルフ」
アレクスが話しかけたのは他でもないウルフマンだ。城の中の東屋でウルフマンは皮製の黒衣装に身を包んでいる。つば広の帽子を被り長いマントを着けていた。アレクスの声に彼は顔を向けたがその目は以前の怖ろしい目とは違う。愛しい人を見る目だった。
「また憂鬱になってたのかい」
アレクスは跪いて逞しくしなやかな体をウルフマンに凭せかけた。彼の鼻腔はウルフの強い体臭を吸い、その為に彼の青い目はうっとりと潤んでいる。ウルフマンは隠されていない剛い毛の生えた巨大な手でアレクスの柔らかな髪を撫でた。
「もうここにいる必要はなくなった」
アレクスははっと頭を上げ彼を見る。
「ではもう旅立ってしまうのか」
彼は頷く。アレクスは立ち上がり彼に背を向けて涙を零した。
「ぼくのことももう必要ではないね」
いつも動揺することのない強靱な人狼がアレクスの悲しみに満ちた声に動かされ、彼の背後に立った。巨大な体は長身のアレクスさえも包み隠さんばかりだ。
「お前を置いてはいけない。アレクス。私についてきてくれるか」
アレクスは振り向きウルフマンの豊かな胸にしがみついた。
「無論だとも。ウルフ。きみなしでは生きていけない」
ウルフマンはアレクスの顎を上向かせその唇にキスをした。
ぼくはここで少しリアルに戻る。狼と人間のキスシーンは少しむずいや。でもどうせディープなキスなんてまだ描けないからいいか。
ぼくの机の上に置いてあるノートには自分でデザインしたウルフマンとアレクスが描かれている。色々な資料を参考にして好きなマンガからも影響を受けまくっているがそれでもぼくが作り出した彼らである。アレクスはぼくがこうなりたい、と思う姿。実際のぼくを十センチ引き延ばし体中のパーツを交換してみた。彼が愛しているのは彼の初めての相手であったウルフマンだけだ。美貌のアレクスは行く先々で様々な男や女から誘惑われるが決して心を動かされたりはしない。
でも、とぼくは少し考える。あんまり一途だとつまんないからちょっとしたかき混ぜ役を作ってやきもきさせるのもいいかもしれない。そしてそんなアレクスを愛し愛されているのが狼と人間の合体生物、ウルフマンだ。つまり彼はぼく自身の恋人、ぼくのエロティシズムの対象、ぼくは毎晩(いや、学校の行き帰りも含め、あらゆる妄想の時間)彼に抱かれる。
 やがて夜の帳が降り、ウルフマンはアレクスと夕食を共にした後、彼を寝所へと誘う。
「今宵はこの城での最後の夜だ。暫く旅路につく。ゆっくりお前を味わい、お前を喜ばせたい」