「忘れられない」 第六章 再会
「はい、私も同じ思いです・・・では、また・・・」
宿の主人、洞口は玄関先でこの光景を眺めていた。改めて有紀が素敵な女性である事を知らされたようだ。やがて森夫婦も到着して、久しぶりの会話に心弾んでいた。
明雄は考えていた。今のペースで働けば残業分を入れて年内に全部借金を返せるかも知れないと。そのためには無駄な出費をしたくない。有紀と逢うために大阪へ行くのは毎月3万ほどでも年にすると36万になる。いまは逢う事を我慢しようと有紀に話すつもりでいた。
安田の紹介で世話になる会社へも新年明けてすぐに入社できるから、三月のオープンまでに仕事を間に合わせることが出来る。やるからにはしっかりと力を出さないと安田に申し訳ないと思っていた。土曜日の夜に有紀からメールが来て、明日昼ご飯一緒にしてから帰りたい、と誘いがあった。有紀に逢って今の気持ちを伝えようとメールに返信した。
「明日大切な話がしたい。12時に名古屋駅のエスカレーターの前で待っています」と。
父親の死から塾を閉鎖していろんな仕事を明雄はしてきた。今の仕事はパソコンを使う内容だったので、塾の講師と言う前職が採用に結びついた。しかし不規則な時間で仕事をしているために、休みの土日もゆっくりと身体を休める事は出来なかった。最近少し体調が悪く感じるときがある。もちろん検査なんかに行く時間はないからそのままにしていた。有紀との結婚を前に一度医者に罹ろうと考えてはいるのだが・・・思うだけで進まない。
日曜日、有紀は明雄の少し顔色が悪いことに気付き聞いてみた。
「ねえ、気になっているんだけど、顔色が悪く感じるの。気付いていない?」
「ああ、そうかも知れないね。残業が続いているから・・・もう少しの辛抱だから、何とか頑張るよ。それより大切な話しなきゃ・・・」
有紀は話よりも明雄に病院へ行って欲しいと思った。逢えない話を聞いても悲しくはなかったが、明雄の健康を心配することで悲しくなっていた。
作品名:「忘れられない」 第六章 再会 作家名:てっしゅう