hollow sky streets memory
降りやまぬ霧のような雨で、深夜の遊園地の濡れた路面は、街灯の光を複層的に映し、偽りの光沢を放っている。
曖昧な視覚的イメージが再び散逸する。回天と転落。深い井戸の底が持つ冷気を耳元に感ずる。電子上の記憶集積体が、私が求めたイメージを元に、その膨大なバックデータから参考になると判断された画を引用し、街路自身の想像的補完を経て、一つの仮想空間へと収斂する。サインネットが創造する静止した、新しい世界。
これが、街路の始源記憶。彼女が彼女であるための動機付けを行っていた、古い思い出。
いつまでも濡れた靴の爪先を見つめていた。路面が映ずる街灯の光に誘われて顔をあげる。メリーゴーランドが、目の前の奥行きのない空間にポツンと現れる。昼間の喧騒の代わりに、終わりのない沈黙と霧雨が、哀愁を催す演出に携わっている。
「これに乗りたかったのか?」
私は尋ねる。
彼女の体はメリーゴーランドと私たちとを隔てる手摺を掴む。左手に感じる冷ややかな金属の、錆びついて塗装が剥がれつつある手触り。ポケットの温もりが奪われたためだけではない、その体の震えが、問いかけへの無言の返答である。
「でも、もうとっくに営業時間外なんだ。お客どころか係員もみんな其々の家に帰ったんだよ。
明日また来よう。約束するから。」
どこかで私も彼女もわかっている。「明日」の約束など、果たされる事はないのだ。私たちは永遠の今に束縛された存在なのだから。
「お母さんが、私の事、好きじゃないんだって。みんなはそう言うけど、気にしてないよ。私はお母さんが好きだから。」
そう言って微笑む彼女を、私は自らのエゴの下に殺さねばならない。
「でも、君の母親はどこにもいないんだよ。始まりの刻からずっと。君は夢を見ていただけなんだ。家族の夢、優しい温もりと光に満ちた食卓。
そんなの、現実では…不可能だ。見てみろよ。優しさの仮面のうらに、醜いエゴが覗いているのを。君だって…。」
私の視界が曇る。これは。もう、いい。やめた。
「それでも、私はここに来てしまうの。嫌な思い出しかない場所だけど。
私の命は此処で始まったから。
母親が、父親が、居なくても此処で誰かを待ち続けるのは…私の勝手でしょう?」
その時、私の実体は消失を始めた。地が後退し、生暖かい風が吹く洞を、何処までも落ちていくのだ。私は急いで別れの言葉を告げる。
街路は、首を横に振る。
「約束。今度は守ってね。それまでは、貴方の自分探しに付き合ってあげる。」
作品名:hollow sky streets memory 作家名:personal jm