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贈りものは。

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「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
「何作ってるの?って、今夜のご飯はハンバーグだよね」
「そう、ハンバーグ。煮込みハンバーグにしたけどいいかな」
「いいんじゃない。玄関のところまで匂いがしてるよ」

今日は、私の兄の誕生日だ。
毎年、この日の夕食は、ハンバーグ。
付け添え野菜は、にんじんのグラッセと粉ふきいも、いんげんの塩茹で。
キャベツの千切りが大盛り入ったサラダボールが、テーブルの中央にデーンと置かれている。
今晩のハンバーグは、トマトケチャップとウスターソースをワインで伸ばし、砂糖を加えた母特製のソースで煮込んだ我が家の『おふくろの味』の一品。
小振りにまとめたハンバーグタネに焼き目をつけてじっくりと煮込む。
作った後の母の手のひらは、甘酸っぱい匂いがする。
焦げ付かないように ずっとソースをかき混ぜているからだ、ということを小学生の高学年になった頃に知った。『お手伝いしようか』と言ったことがあるけど、『楽しみだからいいのよ』と断られた。
きっと、毎年の思い出でも浮べているのかもしれない。

「お母さん、ケーキは買った?」
「うん、チーズケーキ。今日は切ってないの買ったから」
「おー、一個ずつのプチケーキじゃないんだ」
「あ、ローソクどうしようか? 一応もらってきたけど。それと『プレートも付けられますよ』って言われたから付けてもらっちゃった」
母は、ときどき子どもっぽい。
「ローソクは、要らないと思うけど、プレートは、付けたままにしておけばいいんじゃない」
私は、冷蔵庫の中のケーキの箱を開けて見てみると、滑らかに広がるチーズケーキの表面にクッキーのプレートが乗っていた。
《おたんじょうび おめでとう》おまけに兄の名前も『くん』付けで書かれている。
私は、何も言わず そっと箱を閉じて冷蔵庫にしまった。
「手伝うことある?」
「大丈夫、楽しみだから」
「じゃあ、部屋に居るから できたら呼んでね」
リビングを出ると、ちょうど兄が帰って来た。
「あ、おかえりなさい」
兄は、手に 洋菓子店の紙袋を持っていた。
「あれ、お兄ちゃん、お母さんがちゃんとケーキ買ってるよ。チーズケーキ」
「おう、ありがたいね。いくつになっても嬉しいね」
「じゃあ、どうして洋菓子店の包み?」
「いや。美味しそうだったから」
兄は、抱えるように洋菓子店の紙袋を持ってキッチンへ行くと 冷蔵庫に小さなケーキの箱をしまった。
母は、横目で兄を見たけど、何もそのことには触れずに 手を動かしていた。
「おかえり。夕飯は何時ごろ食べる?」
「いつもといっしょでいいんじゃない?」
「そーお。じゃあ、あとで呼ぶわね」

小一時間も経った頃、兄の部屋のドアをノックする音と母の声がした。
私の部屋のドアもノックされた。
「はぁい」
食卓には、すでに食事が用意されていた。
小さなガラスの器に一輪の花が浮かべられていて、その横にケーキ皿とフォークが用意されている。この演出が母らしいと思った。
「お父さんから、『先に食べていていいよ』と連絡があったから食べましょう。とりあえず、皿に盛ったけれど、おかわりもどうぞ」
「「「いただきます」」」
「うん、この味だけは、婿に持っていきたいな。あとは煮物と魚の煮付けも覚えたいな」
「どうぞ。でも分量は、これくらいにこれくらいとしか教えられないから、せいぜい食べて味を覚えておくことかな」
「旨っ。ああ、家から なかなか出られないな」
「問題は、食事のことだけじゃないでしょ。まあ いつまでも居てちょうだい」
母が、微笑んでいると なんだか嬉しい。
私は、食事をしながら 兄と 共通する趣味の話をしていた。。
母は、多少ちんぷんかんぷんの話題でも 何となく分かった振りをして頷いている。
無理しなくていいのにと思うけど、そこが可愛くて好きだ。

食事を終えて、おしゃべりだけになった頃。
「まだ、お父さん帰って来てないけど、食べようか、ケーキ」
母は、食べ終えた食器をキッチンに運びながらそう言った。
母が、冷蔵庫からケーキの箱を出し、テーブルの上で箱を開けた。
案の定、兄はそのケーキを見て頬を釣らせた。
「これ、かあさんが頼んだの?」
「どうですか?って聞かれたから」
「名前まで?」
「でも、ローソクはやめたからね」
「本当に?」
母は、目を細めるように にっこりと微笑んで頷いた。
だが、ケーキを取り出した箱の中に それとわかる紙包みが見えている。
兄は、席を立つと 冷蔵庫から自分が買ってきた小さなケーキの箱を出してきて母の前に置いた。
「はい、お袋用ショコラケーキ」
「え、どうして?良かったのに。チーズケーキも食べられるわよ」
兄は、そのカットされたショコラケーキの上に チーズケーキの箱にあったローソクを立てた。
キッチンのガスレンジで一本のろうそくに火を取ると、ショコラケーキのろうそくにつけた。
「じゃあ、お誕生日おめでとう!一応、歌う?」母が言った。
「要らない。チョコが溶けるから 早く吹き消して。お袋ありがとう」
慌てて母は灯されたローソクの火を吹き消した。
パチパチパチ。何となく拍手をしてしまうものだ。
母は、チーズケーキを切り分けると、皿に移した。
「かあさん、母親ご苦労さま」
「母親?」
「俺の働いた金で『母さん記念日』をしてあげたかったんだ」
兄は、母のショコラケーキのろうそくを取りながら話した。
「俺の誕生日は、お袋の『母さんになった日』だろ。中坊(中学生)ん時、やんちゃ言って困らせたとき、お袋が、『おかあさんだってまだ15年しかお母さんやってないんだから、間違うことだってあるわよ!』ってわめいてた後で、俺も悪かったと反省……一応した。そん時、(あー、いつか俺が お袋になったお祝いをしてやりたいな)って思てっさ。やっと自分の金でやってやれたよ」
「あ、私も聞いたことがある。『お母さんは、あなたたちが生まれてくれて おかあさんにしてもらえたのよ。だからあなたたちの誕生日は、お母さんが感謝する日。元気で大きくなってくれてありがとう』なんて言っちゃって泣いちゃって、私ら どうすりゃいいのよって感じだったけど」
「いいの。いつもどおりで。だってお母さんはお母さん・・・」
「お母さんになるのが夢だったんでしょ。」
最後のフレーズは、母と声がハモルくらい聞かされた言葉だった。
「そ!」
「いいな。それは、私の誕生日には関係ないもんね」
「そんなこと。お母さんが女の子のお母さんになれた日だから、その日も記念日よ。」
「えー、でももう少し待ってね。私まだ稼いでないから、その日まで。」
「楽しみー」
母は満面の笑顔で大好きなショコラケーキを口に入れた。
今日の主役を母に取られてしまった兄の顔にも 笑みが溢れて見えた。
       

     - 了 -
作品名:贈りものは。 作家名:甜茶