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Twinkle Tremble Tinseltown 1

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 視界に滑り込んできたのは黒く塗りなおしたらしいアストロで、照準器越しにも十字架のエンブレムがきらりと光る。改造され喧しくなった排気音と閉め切った窓ガス越しにも聞こえるミート・ローフのがなり声に、空気すら縮こまって固まった気がした。スリムは一度顔を銃から離すと、消しゴムくらいの大きさになったバンを肉眼で確認した。影と同化している後部に対し、陽光の中に突き出た運転席は丸見えだった。助手席にも一人、恐らく後部座席にもお目当てだけでなく、搭乗限度ぎりぎりの人数が押し込められているのだろう。写真で見たわざとらしい余裕ぶった態度と裏腹に肝は小さいと見た。車のエンジンを切ることはおろか、シェードを入れた窓すら中々開ける気配はない。

 停止してから数分がたち、ようやくスライドドアが開いた。まず姿を現したのは部下の男、黒人。反対側のドアからも一人。右手に握り締められているのはデザートイーグルらしかった。映画の影響で持ち歩く奴がやたらと増えたが、ハリウッドスターと同じ撃ち方をしたらあっという間に肩が外れて真後ろに吹っ飛んでいくことをその殆どが知らない。アフガニスタンで指導した警察学校の生徒ですら最初は片手撃ちで決めようとしたくらいで、今更ながらスリムはメディアの弊害をしみじみ実感せざるを得なかった。

 腹を揺すりながら歩くブルドッグと同じ動きで、その男がステップから足を下ろす。取引相手はまだ来ていない。最初から来ない。スリムに金を渡した時点で、正々堂々物事を成す気など更々ないのだ。後は流れ弾や警察の余計な詮索に巻き込まれないよう、じっと部屋の中で息を潜めるだけ。もともと節穴の眼を持つ警察官はともかく、7.62x51mm弾は人間の頭蓋骨を造作もなく貫通する。ここから先はスリムの独断場。1つ、2つ、と心の中で数え、車を背に立つ男の丸刈り頭に意識を集中する。息巻くエンジンに身を委ね、得意の歌でも口ずさんでいるのだろうか。声までは聞こえなかった。本物のブラックであることは間違いないのだが、肉体が発する音の消えた状態で口を蠢かすのは白黒映画の中に取り残されたミントレスショー役者のように紛い物臭い。
 事実は違えど本質はあながち間違ってもいないのかもしれない。レンズで無理やり近づけているものの、実際の二人の距離はひどく遠い。目測では500メートル。同じ地平線上にいれば、すれ違うという言葉すら使えなかった。
 何が違うか、正しいか。知っているのは自らのことだけ。スリムは物事を貫く力を有している。必要なことは、それだけだ。数が5まで達しても、男は動き出さなかった。


 人差し指に力を込める。
 人体に感じられる距離など銃弾は軽々と飛び越し、スコープの中の世界を粉砕された頭蓋骨と血肉に染め上げる。車の窓は防弾仕様だという情報を耳に挟んでいたが、頭を貫通した銃弾は見事にサイドウィンドウに白い蜘蛛の巣状のヒビを入れた、のだろう。後は恐らくシートにでも食い込んだらしい。何にせよ追いかけるようにして飛び散った肉片が全てを覆い隠してしまった。

 取り巻きたちが顔を上げるのは頭領の左後頭部が弾けたせいではなく、発信源の分からない銃声への驚愕によるものだった。スリムが照準を定めても、男の手に握られたデザートイーグルの銃口はうろうろと標的を探しあぐねている。努力は実らず、イーグルマンは真横に吹き飛んでビルの壁に叩きつけられた。助手席から飛び出そうとしたもう一人は勘がいいのか、ウージーらしきものを片手にこちらを見ようとする。眼が合う前に鼻の辺りは開いた花弁の如く血で染まり、瞳が意識を放棄した白色に変わった。握り締められた銃は明後日の方を向き、短い連射音が狭い路地の上下左右を跳ね回る。
 最後の締めはリーダーの死体を後部座席に押し込もうとする男だ。痩せこけた体は力の抜けた巨体の肩口までを収納するだけで、もう精一杯。だが肥満した屍は見事な盾になり、急所を隠してしまう。車はもうすぐ発車するだろう。開いたことで余計かまびすしさを増したミート・ローフの声が消えた銃声を被さり、リミットを刻む。

 必要なのは貫く力。動きではない、息の根を止めてしまうこと。

 肩口に掛かる強烈な反動はいっそ快感だった。胴から、尻から、赤い霧が次々と舞い上がる。痙攣する肉の動きはまだ生きていると見まがうほどで、覚せい剤を打ち過ぎた末の偽オルガスムスに良く似ていた。ぐにゃりと垂れた腕を掴んでいた手が離れ、こちらに向かって合図しているかの如く大きく振れる。
 4発撃ったところで、最後まで忠実だった男は最低限の動作を以ってその場に崩れ落ちた。


 もしかしたら運転席まで被弾しているかという楽観は、亡骸を投げ出したまま発進したバンによって覆された。最初から期待していなかったので、照準器ごと視線を動かして見送る。遠ざかっていく音。付け足された四つの肉体を除き、路地は車がやって来る前と何一つ変わらない状態に戻った。


 しばらくそのままの姿勢で状況を確認してから、スリムは銃を体から離した。ブートキャンプでの訓練どおり手早く分解してナップサックへしまい、パーカーに袖を通す。立ち上がったときには長時間の無理な姿勢ですっかり肩や足腰が強張っていた。培った筋肉は見た目こそ衰えておらずとも、比較の対象が現役の海兵隊員時代ではさすがに幾分か劣る。かといってジムに通うほどの向上心など全く持ち合わせていない。今日だってアパートに帰ったら、カロリーのことなど一切気にせず冷蔵庫の中のバドワイザーを開けるのだと自ら確信していた。太陽が地平線へ近付くにつれ暑さを増す部屋は、鍵をこじ開けた時に比べむんとした熱気を孕んでいる。刺すような冷たさと苦味が喉に流れ込む瞬間を考えただけで、壁を殴りつけたいほどの高揚と焦燥に駆られた。



 ドロップキック・マーフィーズの「ワーカーズ・ソング」を口ずさみ、ビルの裏口を潜る。地上は意外と涼しく、切れ切れの雲間から青空が覗いているのが分かった。
 ふと考えたのは、モーター音のうるさい冷蔵庫に見慣れた缶が入っているかという問題だった。6本パックを詰め込んでおいたのは3日前なので、正直自信がない。家に誰もいない不便を感じるのはこんなときだった。母がいれば怒鳴りつけることで20分後には望みのものを手に入れることが出来る。怯えと反抗、たきつけられる激情。ちょっと考えれば分かる。いくら便利でも、手間を考えるとないほうがいいものもあるのだ。

 彼女は何も気付いていなかった。気付いて欲しいとスリムが願うには、彼の憎悪は余りにも根深すぎた。ヘアブラシ、靴の踵。連れ込まれる男たち。不足は怒りを発散させる口実だ。手段が悪いとは全く思っていない。社会的にも有益とすら考えている。適度のガス抜きは、夜になって仕事の終わった女と遊ぶ際、少しでも相手を怖がらせることなく楽しい時間を過ごすために必要な儀式だった。そのような剥き身のままのむらっ気を怖がる女を彼は好む。彼の中で、恐怖から本来の意味が抜け落ちて久しい。そう形容すべき感情は、いつでも心を慰撫した。特に、他人が催すものは。