狂いたがりのジンクス
夕暮れに染まっていく街を、翔太は足早に歩いていく。最近は夕方になっても過ごしやすくなってきているが、今日は幾分か肌寒く感じる。
それほど大きな街ではないが、駅近くのメインストリートでは結構な数の人の往来がある。道行く人は、皆一様にせかせかと急いでいるようにも見える。本人たちにとっては、そんなつもりはないのだろうけど、あまりにも人通りが多すぎて人の波ができてしまっている。
急ぐつもりはないが、周りに流されて同じように歩かされてしまう。流れに逆らうこともできるが、大波の中に一人取り残されたような感覚に陥ってしまい、どうしても落ち着かなくなる。
そんな人の波の中にそいつはいた。男……なのだろう。こんな時期なのにマフラーで口元をぐるぐる巻きにして、ハットを深くかぶっている。それでいて、上下はパリッとした黒のスーツで決めているのだから、怪しいことこの上ない。
周りを歩いている人たちも、その怪しい男とは関わりたくないのか、無言で見向きもせずに素通りしている。翔太もそんな人の波に乗っかり、その男の傍らを素通りしていく。
ちょうど男との距離が一番近くなった瞬間、少しだけ男のことが気になり翔太は一瞬だけ男の方に視線を向けた。
「っ!?」
そして、視線を向けたことを後悔することになった。
男とばっちり目が合ってしまったのだ。ただそこにぼーっと突っ立っているだけのように見えた男は、翔太が視線を向けることがわかっていたようにその目線を捉えていた。
その時見えた男の瞳はとても不気味なものだった。透き通っているのか濁っているのか判断がつかない。こちらの心の奥深くを抉るようにじっと見ているかと思えば、遠くを見ているように目を細める。
翔太は一刻も早くこの場から逃げ出したい気持ちに駆られたが、得体のしれないものを見た恐怖からか足が地面に縫い付けられたかのように動かない。
周りに助けを求めたいが、道行く人はそんな二人を気にも留めずに過ぎ去っていく。まるでそこに二人がいることが見えていないみたいだ。
どれくらいそうしていただろうか。不意に男が何かをぽつりと呟いた。
「ジンクスが必要か?」
初め、その言葉が自分に向けられたものだということがわからなかった。あまりにも自然に発せられたため、気づくことができなかったのだ。
作品名:狂いたがりのジンクス 作家名:kenshi